続・J-POPの歴史「一番売れた人たちが一番誠実に音楽を作ってた1998年と99年」



坂本龍一さんの99年5月に発売のシングル『ウラBTTB』から「energy Flow」。99年3月から流れたリゲインのCMだったんですね。98年にアルバム『BTTB』。「Back To The Basic」の頭文字をタイトルにしたアルバムが出て、その続編のような3曲入りシングルなので『ウラBTTB』。リゲインのCMは、ユニコーンが「働く男」を出した頃に流れていた「24時間戦えますか?」から、99年は「たまった疲れに」っていうキャッチに変わってました。癒し系の時代が訪れておりました。

この「energy Flow」は、インストゥルメンタルのシングルではオリコン初めての1位。4週連続。本人はなぜ売れたかわからないと言ってる曲ですね。坂本龍一さん、今年の3月28日、71歳であの世に逝かれました。1952年生まれですね。達郎さんは1953年生まれ。坂本さんは自伝『音楽は自由にする』という本の中で、自分の人生を変えた4人に、細野さんと並んで達郎さんをあげてますね。荻窪ロフトで出会って意気投合したんだという話もありました。達郎さんは坂本さんのことを、YMOができるまでは仲良しだったと言ってましたね。YMOができるまでは仲良しだった。それまで仲が良かったとしても、その人が作ってる音楽が自分の音楽と違うと思ったら、そこで道が分かれていく。あの人の中には、計算とか、忖度という言葉はないんだと思います。知らないことは知らないんでしょう。改めて坂本龍一さんの追悼の意味を込めてお送りしました。

今月2度にわたってお送りした90年代ノート。最後の曲に悩んだんですが、これにしました。99年10月、GLAYのアルバム『HEAVY GAUGE』から「生きがい」。



今日最後の曲、99年10月発売GLAYのアルバム『HEAVY GAUGE』から「生きがい」。何の曲で終えるのかいろいろ考えたんですが、この曲にしました。

99年から2000年にかけて、GLAYは解散の危機を迎えるんですね。「Winter,again」がレコード大賞をとるんですけど、俺たちが本当にこれを取っていいのか、宇多田ヒカルが取るべきではないのかという議論がバンドの中でありました。ロックはどうあるべきかというところに話が広がっていって、2000年のツアー中にJIROさんが脱退を表明したりするということがありました。その辺の話は、私の書いた『夢の絆―GLAY document story 2001』というGLAYの本に出てきております。ご興味のある方は、そこでお読みいただければと思います。

一番売れた人たちが一番誠実に音楽を作ってた。一番に限らずメジャーなところにいた人が、そういう姿勢で音楽を作っていた。みんな真剣だったなと思いますね。GLAYが、99年の幕張20万人コンサートを終えた3日後かな、TAKUROさんのインタビューしたときに、今までのGLAYは死にましたと言ったあの表情は、未だに鮮明に覚えております。そういう姿勢が90年代を作ったと思っていただけると嬉しい、そんな最後の曲です。続90年代ノート、今週は98年99年でした。

Rolling Stone Japan 編集部

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