加藤登紀子が語る訳詞、世界中を回って歌を歌うこと

花はどこへ行った / 加藤登紀子

田家:たしかに一番言いたいのは“野に咲く花”ではなくて、“どこへ行った”ですもんね。

加藤:そうなの。Whereって言っているわけだから、素直にこの曲が発している語の順番に問いかける言葉から入った方がいいと思ったんですね。

田家:「花はどこへ行った」はアメリカの歌でしたが、今流れているのはアイルランド民謡の「ダニーボーイ」ですね。

ダニーボーイ / ビング・クロスビー

加藤:好きな歌ですからね。自分も日本語で歌っておきたいなというのがありましたね。

田家:レコーディングはアメリカでおやりになったアルバムだった?

加藤:はい。前にもちょっとあった『さよなら私の愛した20世紀たち』って大げさな括りのシリーズを作ったんですけれど、私も歌手として何百曲と在庫がある状態だったから、21世紀になっても歌いたい歌をまとめておきたいなと思ったんですよ。その中でふとアメリカに行った友だちが「アメリカで土をテーマに作ったらどう?」って言ったんですよ。意外じゃないですか。アメリカって言うとニューヨークとかマンハッタンとかエンパイア・ステート・ビルとかと言うのに、彼はカントリーだって言うの。アメリカは世界中のカントリーの故郷。世界中に故郷がある国で、ここは大きな田舎なんですよって。だから、あらゆるカントリーに会えるのがロサンゼルスだった。それがきっかけで世界の故郷をアメリカでレコーディングしようってなったときにまずアイリッシュだったんですよ。それから南米からも、メキシコからも来る。その中で実はプロデュースしてくれたキーボーディストがアイリッシュ系の人だった。たまたま「ダニーボーイ」は彼とレコーディングしたんです。

田家:そのアルバムのタイトルが『TOKIKO JOURNEY BORN ON THE EARTH』大地で生まれた歌ということですね。加藤登紀子さんで「ダニーボーイ」お聴きいただきます。

ダニーボーイ / 加藤登紀子

田家:ロサンゼルス録音ですがアイリッシュテイストですね。

加藤:パトリック・セイモアが弾いて同録で歌を歌っているんですよね。レコーディングしたときにポーンっとアイリッシュビールを持ってきたわけ。今日は一杯飲んでからやろうかって。あと2曲くらいアイリッシュのいい曲があるから歌ってみないか?って言われて、全部レコーディングが終わってから、「登紀子、私は実はアイリッシュなんだ」って私に言ったの。私の母は奴隷だったと。畑でいつも声を上げて歌っていたら、主人が君はこの畑で働いているより舞台の上で歌った方がいいんじゃない?って言ってくれて、そのおかげで私の母は歌手になり、僕は音楽家になった。だからアイリッシュの音楽を君が歌ってくれて本当にうれしいって言って、この出会いもびっくりしましたね。

田家:Oh ダニーボーイってあの一言で始まる歌が多いですけど、これは違いましたもんね。

加藤:夏は去り。これは私の感じた歌の切り口として人が出ていく、見送るんだっていう。そして最後は死ぬかもしれない。でも待っているわっていう歌なんですよね。故郷を去って、移民を送るときのような。そのストーリーを歌にしたという方がいいかもしれないですね。詞に関しては。

Rolling Stone Japan 編集部

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