加藤登紀子が語る訳詞、世界中を回って歌を歌うこと

忘却 / 加藤登紀子

田家:2006年のアルバム『シャントゥーズTOKIKO~仏蘭西情歌~』の中に入っておりました。フランス語の歌を日本語にされるのと、英語の歌を日本語にされるのは違うものですか?

加藤:一般論としては言えないんですけど、フランス語って響きと意味が繋がっている感じがあるんですね。1回フランスでレコーディングしたときに「ロイン・コム・ラ・リュンヌ」という、月のように遠いという歌詞で、「リュンヌ」っていう発音にみんながこだわって、目を閉じてまだ月が輝かないって言ったことがあるんですね。リュンっていう響きを聴いた途端に頭の中はピカッと月の光でいっぱいにならなきゃダメだって言われて、フランス語ってそういう意味とか想いとかを音の響きに乗せているんだなと思ったんですよ。そういう意味で言うとフランス語を略すときはメロディと響きと意味が一体となって生まれたんじゃないかと思って、フランス語の持っている響きを活かして日本語をつけたりしますね。英語はむしろ意味が強い。メッセージを意味で伝えていく気持ちが英語の方が強い気がします。

田家:加藤さんの訳詞が「訳詞です」という感じがほとんどないのはそれでしょうね。

加藤:そうですね。歌って会話だと思うんですよ。訳詞っていうのはフランス語だったらフランス文学者とか、それなりの言語を介する人が翻訳することがまず必要になりますよね。私も意訳は大体参考にしますけど、歌いやすくない訳ができたりすることもあるんですね。ミュージカルとかいろいろなのでもすごく聴き取りにくい日本語で。私は基本的に自分の日本語の歌を作るときも、耳で聴いて聞き取れないと意味がないかなと思って。少しシンプルな言葉にして訳すようにしているんですね。

3001年へのプレリュード / アストル・ピアソラ

田家:今の話は非常に分かりやすかったです。ピアソラさんの3曲目「3001年のプレリュード」という曲を選ばれております。

加藤:この3曲の中では一番早く私が手掛けたものです。カルメンカルメンっていうカルメンをちょっともじった芝居じかけの音楽会をやったときに、黒色テントの佐藤信が演出をしていて。カルメンって殺されちゃうじゃないですかホセに。死んじゃうんだけど、ああいう自由気ままな女の気風というか、魂は永遠に消えないということを設定して、私が演じたカルメンは最後に私は何度でも生き返ってやるわというシーンを作って。お話が終わったときに彼が持ってきたのがこの曲だった。この曲で私は何度も生き返るわという。これをカルメンに歌わせようと。

田家:彼っていうのは佐藤さん?

加藤:佐藤信がこれを持ってきて、カルメンカルメンのラストの曲にしたんです。この訳詞は佐藤信と私の共作になっている。

田家:そういう作品もあるんですね。

加藤:そうなんです。1988年にカーネギーホールでコンサートをしたときにプログラムに入れたんですよね。そしたらユダヤ人の人と会う機会があって、3001年というのはどういう意味かと訊かれたとき、1000年後にだってもう1回生まれてくる、それで自分が書き残した途中になったまま破壊された故郷にもう一度行って自分の物語を書き始めるという話だって言ったら涙をボロボロこぼして、それは私たちの物語だわねって。ユダヤの人が故郷を奪われて破壊されて世界のさまよう民になったという歴史を考えるとね。

田家:はー、すごいなあ。

加藤:そういうことなのかなと思って、できるだけ忠実に訳して。

田家:加藤登紀子さんで「3001年のプレリュード」。

Rolling Stone Japan 編集部

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