音楽を「撮る」ことの意味、愛だけではなく「手法」や「哲学」の大切さ

「愛を感じます」は褒め言葉ではない

ハタ:これは多分矢島さんも経験者だと思うんですけど、たとえばAというアーティストの記事を書いたときに、「Aへの愛を感じます」って言われるじゃないですか。それは多分、褒め言葉で言ってくれていると思うんですけど。

矢島:はい、ありますよね。ファンや読者の方からいただく言葉。

ハタ:愛があったら誰が撮ったものも一緒なのか、ということを話したいなと思って。

矢島:はははは(笑)。

ハタ:1枚の写真における、みなさんが感じている「愛」というのは、いろんなものを含めた分量の中では正直小さいんです。全然関係ない。愛があるアーティストでも、関係値が低いアーティストでも、1枚の写真における「愛」の分量は関係なくて、それ以上のものが確実にあるんですよね。それを文章でも写真でも伝わるように僕たちはしていかなきゃいけないし、見て感じ取ったものは「愛」以外の言葉で伝えようよと思ったりもします。たとえば、さきほど話したような「人生の中の画」に愛を感じるというのなら、それは愛じゃない。……難しい話かもしれないんですけど。

矢島:自分の感性、クリエイティブ力、技術みたいなものを高め続けていって、それをいかに相手と掛け合わせるのか、というところですよね。

ハタ:そうなんですよね。愛じゃないんですよ。たとえば家族写真とか、愛で撮れる写真もたくさんあると思います。でも仕事においては「愛」とかではない。いろんな技術、感性、感覚によって生まれる、自分の作品の手法みたいなところですよね。




矢島:ハタさんにとってこの仕事を続けるモチベーションって何ですか?

ハタ:「なんでこの仕事をしているんだろう」ということは常に考えていて、その答えは雲の流れのように、ときによって変わっていくんですけど、今僕の中で行き着いているのは、記録物としての美しさを伝えたいということ。僕、約2年前に父親を亡くしたんですけど、そこから家族の写真を飾るようになったんですね。それが本当に大事だなと思って。それをやったことがない人は絶対にやってほしい。息絶える瞬間に「何か伝えたいことは?」って言われたら、「家族の写真を飾って」って言うくらいの感覚ですね(笑)。それはアーティストの写真を撮っている僕にとっても大事なことで。アーティストの親に感謝されるスタッフNo.1なんじゃないかなと思うくらい、本当に喜ばれるんですよね。それは、さっき話したようなことが伝わっているからなのだと思うし、自分がやっていることはそういうことなんだなと思います。でもあなたが撮る家族の写真は何よりも最高だから、そういう写真を飾ってほしい、ということが伝わるといいなという気持ちが根底にありますね。その想いを持って技術とか感性が伸びていったら確実にたくさんの人に伝わると思うし、それを伝えたいという想いが写真を撮る原動力になっている感覚があります。

矢島:ちょっと話がずれるかもしれないですけど、デビューからずっと追わせてもらっていたミュージシャンが亡くなってしまって、そのあとも関連の記事を書かせてもらっている中で、ある日突然ご家族からメールをいただいたことがあって。亡くなった方について触れることは、やっぱり結構難しくて。それを読んだご遺族がどう思うかも気にかけるし、感傷的すぎる文章を書くのも違うし、とか色々悩むんです。具体的な内容は伏せるんですけど、そのメールをいただいたときに、この仕事をやってる理由や意味のひとつをもらえた気がしたんですよね。

ハタ:だから僕らの仕事が美しい、素晴らしいと言いたいのではなく、みなさんがやっていることも絶対誰かのためになっていると思うんです。それがどの対象になるのかという部分で、もちろん自分が自分でいれるためでもあるし、アーティストに喜んでもらうためというのもあるけど、それ以上に見えているものが自分の家族だということですね。

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