スプーン×エイドリアン・シャーウッド対談 ダブ・ミックスの深い歴史を語り合う

 
リー・ペリーの伝説的エピソード

グレイス・ジョーンズ「Love Is the Drug」(1986年:ロキシー・ミュージックのカバー曲、ポール・“グルーチョ”・スマイクルのリミックス版)



ーグレイス・ジョーンズが初めてこの曲をカバーしたのは1980年でしたが、1986年のポール・スマイクルによるリミックス・バージョンで世の中に注目されました。リミックス・バージョンは、どのような点が良かったのでしょうか?

エイドリアン:時には時代の先を行ってしまうこともある。音楽の世界も特に変わっている。例えばブルーノート・レコードのアルバムのように、作られてからリリースされるまで10年も寝かされていても、50年後にジャズの名盤として称賛されるような素晴らしい作品も山ほどある。ポールの場合は、レゲエの要素も多用した。彼はアイランド・レコードのスタジオの中でも、とても腕の良いエンジニアだった。

ブリット:彼はシーケンサーにリバーブを足し、ドラムを少し調整して、ボーカルのない部分をカットしたりと、オリジナルの楽曲に手を加えたが、決してやり過ぎてはいない。同じ曲だが、存在感が倍増したような感じを受ける。典型的な80年代のポップ・サウンドのリミックスだと思う。当時は、この手の12インチ・レコードを買い漁ったものさ。オリジナルの楽曲から大きくかけ離れてはいないが、クールな仕上がりになっている。

ーエイドリアンはジャズを引き合いに出しましたが、あるインタビューでスマイクルは、リー・ペリーやキング・タビーのようなダブ・アーティストには、もともとジャズの才能があった、と語っています。あなたが先ほど述べたダブのバージョンと、ジャズのように即興や再解釈が主流のジャンルとの間には、何らかの関連があると考えますか?

エイドリアン:ジャズは自由な演奏が許される。他のどのジャンルと比べても、最も自由度が高いと思う。ダブは、エンジニアにとっての檜舞台だ。ミュージシャンはとっくに帰宅しているか、自分の仕事を終えてスタジオでくつろいでいる。ここからが、その場でライブミックスする能力を持つエンジニアが、楽曲をインタープリテーション、つまり自分流に演出する時間の始まりだ。


サナンダ・マイトレイヤ(当時テレンス・トレント・ダービー)「Sign Your Name」(1987年:リー・“スクラッチ”・ペリーのリミックス版)



ーエイドリアン、この曲に関して、何かいい話があると聞きました。

エイドリアン:ああ、君はどこから聞いたんだ(笑)。レコード会社の担当が、私の知り合いだった。彼が、「テレンス・トレント・ダービーはこれから売れる。リー(・ペリー)に“Sign My Name”のバージョンをやってもらいたい」と言うので、私は「彼はここ数年、リミックスどころかスタジオ仕事すらしていない」と教えてやった。それでも「とにかく頼んでみてくれ」とのことだったので、リーに打診してみた。するとリーは「テレンスは好きだ。やるよ!」という返事だった。当時のリーはアルコールを飲み過ぎていたが、誰も気にしなかった。私がスタジオへ行くとリーは、空になった2リットルのワインボトルを抱えてミキシングデスクの下に寝転がっていた。指には火の消えたマリファナ煙草が挟まったままだった。トイレの水道を流しっぱなしにしてマイクで拾った音を、ひとつのスピーカーから流し、別のスピーカーからは、ベースと少しばかりのハイハットが聴こえて来る。曲の途中で、彼が「ユー・アー・マイ・ベイビー、テリー、ユー・アー・マイ・ベイビー」とテレンスの声真似をして歌っている(笑)。いわゆる「まともに仕上げられた」最終バージョンではなく、リーのバージョンがもしもリリースされていたら、それはそれで凄いことになっただろう。ジ・アップセッターズの「Blackboard Jungle」が失敗したようにね。それでもレコード会社の担当者は、リーのバージョンを聴いて爆笑していた。リーは約束よりも高い報酬を要求したが、レコード会社は彼の希望通りに支払った。テレンスの原曲が成功したので、レコード会社としてもあまり気にしていなかったようだ。

ブリット:僕は、リーのバージョンが気に入っている。オリジナルの曲が素晴らしい、というのも理由のひとつだと思う。蛇口から流れる水の音が、耳に付いて離れない。でも、エイドリアンがミックスしたバージョンも聴いてみたかった。リーのバージョンは少し異なるものの、エイドリアンの要素が部分的には生きていると思う。

Translated by Smokva Tokyo

 
 
 
 

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