ベルウッド・レコード・三浦光紀が語る、西岡恭蔵との出会いからはっぴいえんど解散まで



田家:ドラムとリズムってどなたでしょう?

三浦:これもアルバムの中の1曲だからドラムが林さんで、ベースが田中くんですね。

田家:恭蔵さんの居候話にもう一つエピソードがありまして、居候してるときに恭蔵さんの恋人、KUROさんが訪ねてきたと。

三浦:そうなんですよ。まだ高校生じゃなかったかな。「恭蔵さんいますか?」って突然現れて。もしかしたら恭蔵がなんか悪いことをやって追いかけられてるのかなと思って(笑)、最初警戒してたんですよ。でも僕の奥さんが話をして、その時に恭蔵さんがたまたま家にいなかったので待ってたらっていうことで。そしたら恭蔵さんの恋人だったんですけどね。家出少女だと思ってました。

田家:縁結びが三浦さんだったということになりますね。

田家:再びはっぴいえんどに戻ります。1973年2月発売、3枚目のアルバム『HAPPY END』から三浦さんが選ばれた曲「相合傘」。



三浦:これは後に矢野顕子さんと細野さんが一緒にステージをやったり、あっこちゃんがアルバムに入れたりしたんで、そういう意味で僕にとっては嬉しい曲ですよね。別の方がいろいろな形で歌い継いでくれる。あと、この曲も名曲だと思って選びました。

田家:はっぴいえんどの3枚目のアルバムはロサンゼルス旅行なんですが、このレコーディングの日にちがいろいろな資料の中で出てるわけですけど、いくつかあってどれが本当なんだろうと思いまして。三浦さんの当時の手帳がありまして、それを見てみると10月4日からになってるんですか?

三浦:10月4日にLAに着いて、それでレコーディングを始めたのが7日から。手帳に「微笑み」と「風来坊」と「さよなら通り3番地」って書いてあるんですよ。だからこの「微笑み」が「相合傘」なんじゃないかなって僕はちらっと思ったんですけど。

田家:ついてすぐにやったような曲ですね。

三浦:この曲は細野さんが自分のソロアルバム用にとっておいた曲だったみたいなんですけど、ここに入れてくれたんですよね。

田家:そのレコーディングはいつまでになってるんですか。

三浦:23日までやってます。

田家:メンバーみんなずっとそこにいたわけですもんね。このアルバムからもう1曲をお聞きいただきます、「無風状態」。

Rolling Stone Japan 編集部

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