森山良子の歌手人生、すべてが歌になっていった55年の歴史と現在を本人とともに語る



田家:アルバムのタイトルが『すべてが歌になっていった』45周年アルバムでした。『すべてが歌になっていった』っていいタイトルだなと思いました。

森山:そうですね。鈴木慶一さんがつけてくださったんですけれども、それは私がどんなふうに過ごしてきたかということをおしゃべりしているうちにいろいろな想いとか生活とか、結局私は歌になっていっちゃうのよねって話を。最初は矢野顕子ちゃんが「慶一とお見合いしなさい」って、あっこちゃんが「慶一さんとやったらいい」って勧めてくれたアルバムなんです。すごく楽しかったですね。追求していくものが深いし、私とは真逆だったり全然違う方向性だったりするのでポピュラリティと深さといろいろなものが混在されていて、多方面のことを考えながら音楽を作っている気がしてとても心強かったですね。

田家:あっこさんが仲人になる前は慶一さんとはほとんど縁がなかった?

森山:若い頃にアルバムにムーンライダーズとしてバッキングをしてくださったりとか、そういうことぐらいしかお付き合いがなかったんですね。

田家:そういう『すべてが歌になっていった』の中に物忘れする年齢というのが入ってましたね(笑)。

森山:このアルバムを作っている時にそれこそあっこちゃんのライブがあったんですね。観に行って帰る時に村上ゆきさん、この曲を書いた方と一緒になったんです。それで「お夕食でも食べようか」って。その時に話してたことが「ほらほら、あの時のこういう歌を歌っている人!」とか音楽の話をしているんですけども、全然なんにも出てこないんです(笑)! それをゆきさんがおもしろいって思ったみたいで、次の日にこの曲が届いたんです。

田家:あ、これは良子さんのことでもあるんだ(笑)。

森山:私のことなんです。「ほらほら」って言っているその通りの曲が届いて、まだ歌詞は全部は書かれてなかったんですけども、こういうことだったら私もいっぱいあるからって言って一緒にまたその先に詞を作って。一瞬送られてきた時は若干むっとしたんですけどもね(笑)。その後は大笑いして、これおもしろい! ってなりました。完成させようってなりました。

田家:良子さんが選ばれた今日の5曲目です。家族が歌になっています。「家族写真~合唱付きver.」。

Rolling Stone Japan 編集部

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