米ハーバード大学に献体された遺体、関係者が人体収集家に密売

風光明媚なハーバード大学の敷地内で、遺体安置所のある医学棟の一角を知らずに数年過ごしたとしても無理はない。そこはツタの這う赤レンガ造りの壮麗な建物ではなく、大理石でできた厳格な灰色の建物だ。中庭の南側に位置する本館は立派な円柱に囲まれた荘厳な建物で、てっぺんにはアメリカ国旗が誇らしげにはためき、さながらミニ・ホワイトハウスといったところだ。毎日建物のすぐそばを通り過ぎていても、円柱の向こうに遺体があるとは思いもよるまい。解剖や研究用に提供された献体は、最終的に火葬されるまでここに保管される。

ハーバードに提供された献体は最終的にここに行き着き、白衣とゴム手袋を身に着けたアイビーリーグの学生たちの教材となる。未来の医師や歯科医は、割り当てられた防腐処理済みの遺体を丁重に調べ、上腕の神経叢や膝関節の小さな靭帯や骨について学ぶ。学生の学習、実験、研修を経た後、通常であればドナーの灰は遺族に返還され、最期の貢献が完了する。ドナーはマッツォーネさん同様、科学のために伝統的な葬儀を放棄した寛容な人たちだ。

悲しみに沈む息子や娘が愛する家族の遺体をハーバードに提供する場合、由緒ある研究機関が敬意をもって遺体を扱ってくれると信用している。大学なら安心して任せられると信じて、父母や祖父母の亡骸を託しているのだ。


ニコラス・A・ピホヴィッチさん(COURTESY OF THE FAMILY)

ポーラ・ペルトノヴィッチさんの両親、ニック・ピホヴィッチさんとジョーン・ピホヴィッチさん夫妻はハーバード大学に死後献体を行った。そのうち事件の被害者だった可能性があるのはニックさんだけだ。ポーラさんいわく、保安官補だった父親はたびたび養子を迎え入れていたという。「(両親は)思いやりのある人でした。社会に恩返ししたいと思っていました」。

だが2018年、信じられないようなことが起きた。長年ハーバードで遺体安置所の管理人を務めていたロッジは、どうやらニューハンプシャー州政府に勤務していた妻のデニースと共謀して、献体の一部を売買していたようだ。ハーバード大学遺体安置所のお墨付きを受けた正式な手続きや遺体処理施設が汚され、一風変わった標本を集める数奇フェチの巣窟と関与したのだ。ドナーはベースボールカードのごとく取引された。愛する家族が安らかな眠りについたと信じていた遺族は、長い間何も知らずにいた。

逮捕されて以来、遺体安置所の管理人をしていたセドリック・ロッジと妻のデニースは一切公の場で発言していない――夫の代理人はノーコメントで、デニースの代理人からは取材要請に返答はなかった。したがって、5年間に遺体安置所で起きていたことを説明するには、起訴状から読み取るしかない。

ロッジは――妻とともに無罪を主張している――運営を任された遺体安置所に密かに人を招き入れ、売買する遺体を選ばせ、持ち帰らせていたらしい。顧客のほとんどは数奇趣味の持ち主で、医療機器や剥製など変わったものを購入し、場合によってはそこから宝石やフィギュアといった作品を作っていた。数奇サークルの中には変わったアイテムの収集だけでは飽き足らず、本物の死体の一部を集める連中もいる。

検察によると、ハーバード大学の遺体安置所を利用していた顧客の1人が、マサチューセッツ州ピーボディでKat‘s Creepy Creationsという店を経営していたカトリーナ・マクリーンだ。マクリーンは(同じく無罪を主張)自分の職業について、「不気味な人形の絵を描いたり、死んだものに手を加えたりして生計を立てている」と2021年にPodcastで語っている。現在は閉業中の彼女の店には、悪霊が取りついたピエロや吸血鬼など化け物の衣装をつけたフィギュアが売られていた――そうした人形は、人間の骨で作られることもあった。ペンシルベニアの収集家ジョシュア・テイラーも顧客の1人で、Angry Beard Antiqueという不気味なInstagramアカウントを運営し、頭蓋骨や骨の写真、死んだ子供の遺影などを投稿していた(他の被告人同様、テイラーも無罪を主張している。弁護人はノーコメントだった)。ロッジと妻はソーシャルメディアで知り合った全米中のバイヤーにも遺体を配送していたとみられ、ニューハンプシャー州の自宅には様々な身体の一部が保管されていた。


他人を遺体安置所に招き入れては遺体の一部を物色させ、売りさばいていたとみられるセドリック・ロッジ(無罪を主張)――遺族は何年も知らずにいた(STEVEN PORTER/”BOSTON GLOBE”/GETTY IMAGES)

キャンパスから密かにコレクターの手に渡った遺体はその後も大勢の手に渡り、Facebookのメッセージ経由で物々交換や売買の対象となった。

この手の数奇収集癖は何百年も前から行われ、世界中の人々の想像力をかきたててきた。厳密にいえば、ほとんどが合法だ。ウェイクフォレスト大学法律大学院のタニア・D・マーシュ教授から聞いた話では、アメリカ先住民の遺体を博物館や連邦当局から遺族に返還することを定めた「アメリカ先住民の墳墓保護と返還に関する法律」を除けば、遺骨の所持を禁ずる連邦法はない。いわゆる「液体標本」――骨のない遺体を指す、ぞっとするような用語――の取引を禁じる連邦法もない(ただしマサチューセッツ州、ニューハンプシャー州、テキサス州など8つの州では、広い意味での遺体売買が違法とされている。ロッジ夫妻の場合は連邦起訴で、州レベルでは一切罪に問われていない)。

NPO団体(現在は閉鎖)Morbid Anatomy Museumの創設メンバー、トーニャ・ハーレイ氏いわく、世の中には「数奇なものにある種の美を見出す集団」が存在する。ちなみにMorbid Anatomy Museumはブルックリンを拠点とし、自然の摂理や死、解剖などを展示や講義で世に啓蒙している。1863年に設立され、年間10万人以上が訪れるフィラデルフィア医科大学のムッター・ミュージアムなども目的は同じだ。ムッター・ミュージアムでは来館者が医学的変異や大学内の解剖を学べるようにと、身体の様々な部位が展示されている。他にも数奇なものを集めたイベントや展示会は無数に行われており、世界中で大勢の人々を魅了している。「死について語るのはタブーです」とハーレイ氏。だからこそ、遺体研究は一部の人々を惹きつけてやまない。このコミュニティでは、遺体研究がそうしたタブーを取り除き、死ぬことへの誤った見方を正す手段だと考えられている。

ムッター・ミュージアムにせよイベントにせよ、聞くだけでぞっとするかもしれないが、法的には何ら問題はない。とはいえ、こうした世界ではよからぬ連中が出てくるのも珍しくない。「墓盗人は何百年も前から行われています」とハーレイ氏も言う。「ハーバード大学の一件で、闇取引が再び表沙汰になったというわけです」。

Akiko Kato

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