プリンスの長年のパートナーが語る『パープル・レイン』をめぐる狂騒、ワーナーとの確執

プリンスが絶大な信頼を寄せたアラン・リーズが語った、『パープル・レイン』の桁外れの成功がもたらした混乱、そしてレコード会社との対立(Photo:Getty)


―ペイズリー・パークの商業的失敗、そしてワーナーとプリンスの板挟みという状況は、あなたがプリンスと袂を分かつきっかけとなったのでしょうか?

彼もそう捉えていたようだった。「あんたもあっち側につこうってわけか」そう話す彼に、私はこう答えた。「そうじゃない。私はただ両者にとって最善の選択肢を選ぼうとしているだけだ。ペイズリー・パークは私だけの会社じゃないんだ。私がこのプロジェクトに関わったのは、君がアーティストのプロデュースを手掛け、ヒットシングルを生み出すと信じていたからだ。しかし率直に言って、君はその役割を果たすことができていない」ペイズリー・パークがメイヴィス・ステイプルズ、そしてジョージ・クリントンというレジェンド2人と契約したことは私も誇りに思っているが、残念ながら結果を出すことはできなかった。彼らを過去のアーティストとみなしていたワーナーは、最初からあまり前向きに捉えていなかった。レーベルの新人アーティストにプリンスが提供した曲も、決して優れているとは言い難かった。自分の彼女のレコードに手抜きの曲を提供しているようでは、成功など望むべくもない。プリンスと袂を分かつことを決意した私は、彼にこう伝えたんだ。「プリンス、我々は追い詰められてしまった。この状況を打開するにはやり方を変えるしかないが、君が首を縦に振らないことはよく分かっている。残念だが、これ以上君との関係が悪化する前に、私は降りることにする」

―タッグを解消した後、プリンスとの関係はどうなりましたか?あなたが最後に彼と話したのはいつ?

彼と最後に話したのは2、3年前だ。ディアンジェロのことで、彼から連絡があったんだ。まだ『ブラック・メサイア』がリリースされていなかった2012年に、ディアンジェロは長い沈黙を破ってツアーに出ることを発表した。そのニュースを耳にしたプリンスが、ディアンジェロが彼のコンサートの前座を務めるという話を持ちかけてきたんだ。残念ながら実現には至らなかったがね。彼と話したのはその時が最後だ。過去にどこかの会場で偶然出くわしたことはあったけどね。マックスウェルかディアンジェロか、どちらだったか忘れてしまったが、コンサートの会場にプリンスが来ていたんだ。あと93年か94年に、日本ツアーの企画に関することで連絡をもらったこともあった。でも常に仕事に関することだったよ。「やぁ、奥さんとの調子はどう?久々にピンボールでも一緒にどうだい?」彼はそんな電話をかけてくるタイプじゃないんだ。

彼に伝えたいことはたくさんあるよ。妻にもよくこう話していたんだ。「どこかでプリンスと出くわすことがあればいいんだがね。もう随分長く顔を合わせてないんだ」彼と何時間も音楽の話をしていた頃が懐かしいよ。ああいった形でタッグが解消され、自分の思いを面と向かって伝えられなかったことが心残りになっているのかもしれない。だからここで言葉にしておくよ。彼と過ごした10年間は、私の人生において最も輝かしい時間だった。彼と出会わなければ、今の私は決してなかったはずだ。彼がこの世を去ったというニュースを耳にした私の弟が、昨日電話でこう話していたんだ。「プリンスのような存在は不死身のはずなんだ」人々はマイケル・ジャクソンに対しても同じ幻想を抱いていたが、もしかするとそのとおりなのかもしれない。プリンスやマイケル・ジャクソンは、人々に幸せと喜びをもたらすためにこの世界に降り立った、人間を超越した存在だったのかもしれないね。

※関連記事:プリンスの初主演映画『パープル・レイン』はなぜ傑作なのか

Translation by Masaaki Yoshida

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