プリンスの長年のパートナーが語る『パープル・レイン』をめぐる狂騒、ワーナーとの確執

プリンスが絶大な信頼を寄せたアラン・リーズが語った、『パープル・レイン』の桁外れの成功がもたらした混乱、そしてレコード会社との対立(Photo:Getty)


―その後プリンスとワーナーの関係は目に見えて悪化していきました。両者の確執について話してもらうことはできますか?

喜んで話すさ!プリンスは自身の新たな方向性を受け入れようとしないワーナーの態度に不満を感じていた。80年代半ばから終盤、彼の創作意欲はとどまるところを知らず、次から次へと作品を生み出していった。当時彼は毎日欠かさずレコーディングしていたんだ。とてつもない数の作品が、今でも未発表のままどこかに眠ってるはずだよ。作品の新鮮味をとても重要視していた彼はこう話していた。「完成した曲をできるだけ早くファンに届けたいんだ。レコード会社に任せていたら、リリースされる頃には古臭くなってしまっているだろう。今すぐこの作品を世に出すにはどうすればいいと思う?」

ペイズリー・パークで彼が不満を爆発させた時のことは今でもよく覚えている。1990年のことで、彼がワーナーの傘下に立ち上げたペイズリー・パークの運営に専念するために、私はツアーマネージャーという役割を降りたばかりだった。ペイズリー・パークがヒットシングルを出せずにいたことで、ワーナーとの関係が悪化する一方だった当時、プリンスは自身の作品の扱いについても不満を募らせていた。90年代初頭といえば、インターネットが音楽業界に及ぼす影響について議論され始めた頃だ。彼はこう話していた。「君はレーベル運営の経験がある。2人で新しいレーベルを立ち上げようじゃないか。いいアイディアがあるんだ。(ロン・)ポペイルがテレビショッピングで皮むき器を売っているのと同じ要領で、出来上がったばかりの作品をファンに届けるんだ」私はこう答えた。「プリンス、ワーナーとの契約が続いている以上、そんなことが許されないのは君もわかっているだろう。我々がそんな行動に出れば、作品はすぐに差し押さえられ、間違いなく裁判沙汰になる。君だって何十万ドルも無駄にしたくはないはずだ。冷静に考えよう」すると彼はこう言った。「じゃあプリンスの名を使わなかったらどうだ?」私はこう答えた。「不可能ではないかもしれない。だがペイズリー・パークの代表である私の給料の半分は、親会社であるワーナーから支払われているんだ。そんなことをしたら、やつらは私を監禁しかねない」

彼は私の目をまっすぐ見てこう言った。「よし、じゃあレーベルの名前はグウェン・レコーズにする」グウェンは私の妻の名だ。「彼女が代表を務める。作品のどこにもプリンスの名前は一切クレジットされない」そう話す彼に、私は何と返せばいいかわからなかった。今になって思えば、レコードショップで買えない音楽をインターネット上で流通させるという、現在では当たり前となったダイレクトマーケティングという手法を、彼は当時の段階で思いついていたということだよ。もちろん青写真に過ぎなかっただろうが、そういう時代がくることを彼は予想していたんだ。

Translation by Masaaki Yoshida

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