ミック・マーズが愛憎のバンド人生を語る、さらばモトリー・クルー 

ツアー活動から引退するのであれば、(利益の配分は)得られない

結局のところ、この裁判はマーズをモトリー・クルーという事業から一方的に追い出し、利益の配分を拒むことができるかどうかが問題なのだから。メンバーは、2008年に関係者全員が署名した文書を引き合いに出した。そこには、「いかなる場合においても、辞任する株主はライブ演奏(すなわちツアー活動)に起因する金銭を受領する権利を有しない」という文言がある。

これについてマーズ側は、彼が「辞任する株主」ではないと反撃する。マーズは、ツアー活動への参加を確約できないメンバーなのだ、と。「もしジェフ・ベゾスがアマゾンの社員を辞めたいと言っても、株主であることに変わりはありません」と、マーズの弁護士のエド・マクファーソンは言った。「株主としての権利を取り上げることはできません。ミックはツアーができないから、株主でもないという相手側の思考は、まったくもって理解不能です」

対してモトリー・クルー側の弁護士のサーシャ・フリッドは「ミックが署名した文書があります」と指摘した。「ツアー活動から引退するのであれば、(利益の配分は)得られないというものです。ツアーを欠席し、バンドに貢献せずに自宅で座っている人に、なぜ利益を配分しなければいけないのでしょうか? ほんとうにわけがわかりません」

モトリー・クルーが新曲のレコーディングを行い、ジョン5とともにワールドツアーのヨーロッパ・レグをこなす一方で、マーズは自身のソロアルバム『Another Side of Mars』をリリースしてくれるレコード会社を模索している。ソロアルバムが発売されても、ツアーで彼に会えることを期待してはいけない。「もうツアーはたくさんだ」とマーズは言う。「1、2回の限定ライブならやってもいいかもしれない。でも、荷物を抱えて飛行機で移動するツアーは、もう二度とやりたくないんだ」

マーズにとって金銭は問題ではない。2022年のツアーは、1億7350万ドル(約250億円)もの興行収入をあげたのだから。マーズの懐には、バンドの取り分の4分の1が入った。ソロアルバムに収録されているいくつかの楽曲を披露している半ばで、メールの受信音が響いた。マーズがとびきりの笑顔を見せた。「ライセンスが売れた!」と興奮している。「交渉がまとまったんだ。もうなにも心配しなくていい。さっきも言ったように、あと7〜8年は生きられるんだから」

7〜8年と言わず、もっと長生きしてほしい。私がそう言ってもマーズの意思は固い。「俺はもう十分歳をとった。85歳、ましてや90歳までは生きられないだろう。そんな予感がする。俺だって死にたくないさ。でも俺の脳ミソは、不格好でボロボロのこの体にいいかげんうんざりなんだ。脳ミソから情報だけを抽出できたら、どんなにいいだろう。マイクロチップに保存して、別の誰かとか、ロボットに埋め込むんだ。頭のなかでは、いまもいろんなことが起きているから」

インタビューを終えてドライブウェイから車を出そうとすると、巨大なタンクローリーがこちらに向かってきた。裏庭のプールに初めて水が張られるのだ。そういえば、誕生日の夜にマーズをプールで泳がせてあげたい、とセライナが言っていた。初夏の夜にプールに浮かぶマーズの姿を想像して、私は思わずにんまりした。その瞬間、最後に訊いた質問が脳裏をよぎる。「1981年にモトリー・クルーを結成した自分にアドバイスをするとしたら?」という質問だ。

「もう少しアグレッシブに行け」とマーズは答えた。「中立である必要はない。声をあげるんだ。軋轢は好きじゃない。でも、過去に戻れるのなら、もう少し腹を割って話せるような関係になれていたらよかったと思う」

モトリー・クルーを結成したことを後悔しているか? と尋ねると、マーズの動きがぴたりと止まった。虚な目でこちらを見る。頭のなかで、いままでの人生が超高速で再生されている様子が手に取るようにわかる。約40年もの成功と酒やドラッグに溺れる日々、実刑判決、破産、そして現在の泥沼裁判へとつながる内紛……11秒後にマーズが口を開いた。「していない」と言う。「サンセット・ストリップの外の世界に足を踏み出した頃から、俺たちは違っていた。嫌なこともあったし、触れてほしくないこともある。それでも、ここまで成功したバンドのメンバーとしてギターを弾き、世界を見ることができた。だから、後悔していない……『Generation Swine』以外はなにも」

from Rolling Stone US

Translated by Shoko Natori

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