米ハーバード大学に献体された遺体、関係者が人体収集家に密売

ハーバード大学に献体された遺体はどこへ

米マサチューセッツ州にあるのどかな郊外の町ソーガスで、ロビン・ダポリートさんとニコール・マクタガートさんの姉妹は車に荷物を詰め込んだ。

【写真を見る】ドロドロの臓器でいっぱいだった地下室

友人や家族およそ30人とマーブルヘッドのキャッスルロック公園で落ち合うことになっていた。2022年7月のニューイングランド沿岸は海水浴シーズン真っ盛りだったが、今回はありきたりな旅行ではなかった。姉妹は母親のアデル・マッツォーネさんのお気に入りの場所で、遺灰を散布しに行くところだった。母親は昔よくそこでつま先を砂にうずめて座り、アイスクリームを食べたものだった。傍らでは子どもたちが日差しの照り付ける岩肌の上を駆け回り、眼下では波が砕け散っていた。

ダポリートさんは岸壁に向かう前、空になったプラスチックの調味料の小さな容器をトランクに並べ、ひとつずつ細かい灰を注ぎ、この日のために白い服を着た参列者1人1人に手渡した。遺灰は海に撒いてほしい、というのがマッツォーネさんの遺志だった。1人ずつ、潮風に灰を撒いていく。穏やかな最期の別れだった。

「素敵な1日でした」とダポリートさんは言った。

その3年前、マッツォーネさんは脳卒中の合併症により74歳でこの世を去った。遺体はその後ハーバード大学に送られた。医学生の勉強に役立ててもらおうと、死後の遺体を寄付する解剖献体プログラム(Anatomical Gift Program)の一環だ。ハーバード医学大学院は全米でもトップクラスで、2023年のランキングは研究レベルで全米1位だった。マッツォーネさんの献身的な遺志は、未来のアメリカ人医師の育成に役立てられるはずだった。

「私たちが子どもの頃から、母はいつも『大学に行きたい。ハーバードに行くんだ』と言っていました」。家族への思いや祈りがぎっしり綴られたマッツォーネさんの日記のページをいじりながら、ダポリートさんはこう語った。母親は読書家で、底沼の好奇心の持ち主だったが、高等教育を受けるチャンスは巡って来なかった。それでもマサチューセッツ州生まれだったマッツォーネさんにとって、ハーバードを超える名門大学はなかった。


アデル・マッツォーネさん(COURTESY OF THE FAMILY)

アデル・マッツォーネさんはずっとハーバード大学を夢見ていたが、結局大学に通うことは叶わなかった。「母は由緒ある大学ハーバードを美化する価値観のもとで育てられました」と娘のロビンさん。「今のハーバードにプロ意識が欠けていることを知ったら、きっと母はものすごくがっかりするでしょうね」。

母親の遺灰を撒いた夏の夜から1年ほど経過した6月14日、マクタガートさんがTVをつけると、地元局はハーバード大学のニュースで持ち切りだった。ハーバード医学大学院の遺体安置所で管理人を務めていたセドリック・ロッジを含む複数が、共謀罪および州をまたいだ盗品運搬罪でペンシルベニア州の連邦大陪審から起訴されたのだ。さらにニュースでは、いわゆる盗品が献体プログラム――マッツォーネさんが誇らしげに自らの身体を捧げた、まさにそのプログラムに提供された遺体の一部だったと説明されていた。

「心臓が止まるかと思いました」とマクタガートさん。「状況がまったく呑み込めませんでした」。とっさに大学に電話をしようと思ったが、すでに夜は更けていた。翌日職場から帰宅すると、もっとも恐れていた事態を告げる配達証明郵便が郵便受けに届いていた。

活字体の書簡には、「アデル・マッツォーネ様のご遺体に支障があった可能性は否めません」と書かれていた。「今回の騒動で、皆様にはご心痛とご心配をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます」。

あの灰は――ハーバード大学から郵送された質素な黒い箱に入っていた灰、親族で慎重に分配して海に撒いた灰、最後に残った母親の物理的存在は、ひょっとすると母親のものではなかったというのか?

Akiko Kato

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE