ウガンダ発、独裁政権と対峙する音楽コミュニティの力

「ピープル・パワー」をスローガンに掲げて活動するボビ・ワイン(Photo by Isaac Kasamani/AFP/Getty Images)



「音楽業界の仲間たちが揃って政権側の支援に回る中で、ワインだけは違う道を選んだ」

その後ワインの父親は、タンザニアへ亡命した。獣医をしている父親には、3人の妻と少なくとも34人の子どもがいる。ウガンダでは今日でも一夫多妻が法的に許されているのだ。しかし彼は、最初の妻と年長の何人かの子どもだけを連れてタンザニアへ逃れた。看護師だったワインの母親は自分の子どもたちと一緒に、父親がかつて住んでいたカムヨキャへ引っ越した。

内戦が終結して大統領に就任したムセベニは直ちに、挙国一致の名目で政敵を排除し始めた。ワインの兄弟スティーブンは反逆罪で逮捕され、懲役7年の判決を受けた。「母親はいつも子どもたちに、自分たち家族に降りかかる災難はいつも政治に関係していると言っていた。だから俺たちは、政治に関わらない方が身のためだと母親に常々警告されたよ」

それでもやはり、政治はある意味でファミリービジネスだった。1996年の選挙中にヤウェは、ムセベニの対立候補を応援する曲をリリースした。すると彼は逮捕され、殴られたり拷問を受けたりしたという。「睾丸をロープで縛った上に端に車のバッテリーをくくりつけて“立ち上がれ”と命令するんだ」とヤウェは証言する。彼は2011年に国会議員に立候補したが、彼曰く「大がかりな不正行為」によって落選した。さらに2016年も当選できなかった。何度も逮捕されたヤウェだが、2021年にまた挑戦するという。

弟のひとりマイキー・ワインは、ワインがもしも大統領になった暁には空席となった議席を目指すつもりだ。ワインの選挙活動が本格化するに従い、兄弟はどちらも身の危険を感じている。ワインの人気が彼自身を危険に晒す一方で、たとえ兄弟のひとりが死んだとしても注目を浴びないだろう。「意味もなく死ぬより闘って死にたい」とマイキーは語った。

ワインは数年前まで選挙政治に関わるのを頑に避けてきたが、2016年の選挙がひとつのターニングポイントとなった。ムセベニは自分の選挙活動を盛り上げるため、べべ・クールやホゼ・カメレオンら多くのトップアーティストを動員した。さらに彼らに大金を支払って「Tubonga Nawe(我らはあなた方と共に、の意)」というタイトルの曲をレコーディングした。ワインも1500万円近くの金額を提示されたが、参加を断ったという。「ワインはいつでも虐げられた者たちの味方だった。しかし2016年は特別だった」と、ユースフ・セルンクマは言う。彼はカンパラにあるマケレレ社会調査研究所のドクターフェローで、週刊ザ ・オブザーバー紙の政治コラムも担当している。「音楽業界の仲間たちが揃って政権側の支援に回る中で、ワインだけは違う道を選んだ」



結局ムセベニが勝利したが、ワインの中で何かが変わった。「2016年の選挙が終わり、誰も俺たちを救ってくれないことを悟った。自分たちで立ち上がらなければならないのだ。口で言うだけでなく実践に移す方がより効果的だ。だから俺は大統領選へ立候補することにした」とワインは言う。「大きなパンドラの箱を開けちまったんだ」と彼は頭を振りながら笑った。

舗装路の少ないウガンダでは、少しの雨が降っただけで道路のほとんどが泥の川に変わる。今日の雨でカンパラでは、少なくとも5人の犠牲者が出るだろう。東へ1時間ほど進み、ムコノ県の郊外に差し掛かった辺りで雨が止んだ。裸足の地元民たちが車やボダボダを押しながら、赤茶けた泥水の激しい流れから抜け出させようとしている。彼らはランドクルーザーに乗ったワインに気づき、笑顔で駆け寄ってきた。

「閣下!」

「ボビ!」

「ピープル・パワー!」

ワインは近づいてきた彼らとグータッチで挨拶を交わした。ランドクルーザーが即席の川を越えると、彼はこちらを振り返り、「こうやって俺たちを応援しても殴られたり逮捕されることはない、と彼らは確信するんだ」と言う。彼は今、前週に亡くなった友人の父親の「臨終の儀式」へ向かっている。コミュニティで大きな影響力を持っていた人間だという。臨終の儀式は、いわゆるアイルランドの通夜のような式だ。

我々が目指した明るく色塗られた家の周囲には、いくつかの白いテントが張られている。長いビュッフェテーブルが置かれ、身なりを整えた100人程がプラスチック製の椅子に腰掛けて食事している。ワインが姿を見せると、会場は興奮に包まれた。主賓席の何人かと握手を交わすと、会場のスピーカーからは彼の曲が流れ始め、ワインの周りには彼にひとこと挨拶しようと人々が殺到した。騒ぎが収まると彼は小さな台の上に立ち、スピーチを始めた。彼は「次の世代のためにウガンダをより良い国にする、という我々の役割を忘れるな」と説いた。

ワインがスピーチを終えると音楽が再び流れ出し、彼は曲に合わせて歌った。賛美歌の「When the Battle Is Over」を基にした「Tuliyambala Engule」という曲だった。機能不全に陥っているウガンダの医療制度を歌い、選挙に参加するためにIDカードを必ず取得するよう呼びかけた。このところウガンダ国内で禁止されている彼のコンサートが実現できたのだ。



Translated by Smokva Tokyo

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