柴那典が語る、平成30年間のヒット曲の背景を書いた評論集



田家:大見出しがついているのは「新しい時代への架け橋」です。

柴:時代がちょうどこの頃に変わっていった。それまではCDが何枚売れるかというのがヒット曲の基準だったのが、どれだけ聴かれるかになった。そして、YouTubeやTikTokで、どれだけ曲を使って楽しまれるか。例えば、ダンスを投稿したり、歌ってみたり。そういうふうに曲のヒットの仕方が変わる。時代が変わっていくちょうど境目にある曲だなと思って選びました。

田家:平成28年の曲で選ばれているのが、ピコ太郎の「PPAP」だったんですね。「バイラルヒットと感染症」というタイトルがついておりました。

柴:これも今考えるとすごく示唆的な曲だなと。当時、ピコ太郎がすごくブームになって、世界中でセンセーションになっていく。お笑いの話題として見ていた人がほとんどだと思うのですが、僕はあれこそが新しい時代のヒット曲なんだということを書いていて。その理由として枚数が売れるというより、いろいろな人たちがカバーしたり、アレンジしたり、踊ったりして遊んでいる。その状況こそが、所謂ソーシャルがヒット曲を生むという新しい回路なんだと思いました。

田家:こういう文がありました。〈もはやヒットは法則や方程式では語れない。感染症と同じように数学や物理学を使った数理モデルで解析すべき現象なんだ〉。

柴:これはコロナ禍で書いていたのもあるんですけど、Spotifyのバイラルチャートという存在を知ったことから考えたことです。ソーシャルメディアでどれだけ話題になっているか、世に言う「バズる」ということを示したそのランキングでも上位になって、ピコ太郎の曲は広まっていった。僕なんかも音楽ジャーナリストとして「これからの時代はバイラルだ」ってよく言っていたのですが。

田家:この頃から言われてたんだ(笑)。

柴:そうなんですが、実際にパンデミックになって、英語記事を調べると「バイラル」という言葉が「ウイルス性」という意味で使われている。知ってはいたんですけど、あらためて結びついてしまって。感染症のように人を介して広がっていくという意味では、ヒット曲も感染症も同じなんじゃないかみたいな、ちょっと怖い話。

田家:そういう後に星野源さんの「恋」。ここに「新しい時代への架け橋」、どんな架け橋なんですか?

柴:いろいろな伏線が実はありまして。この本には裏テーマがいくつかあるんですが、その1つのテーマが、まず森高千里さんのところで言った女性。つまり、人の生き方が性別に縛られない、自由になっていく時代。もう1つがダンス。これは小室哲哉さんの「EZ DO DANCE」などの曲を取り上げて平成という時代って実はみんなが踊るようになった時代だったと。

田家:AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」もそういう視点でしたもんね。

柴:よくよく考えると昭和の時代には、ここまでみんなが踊って参加する、それも動画サイトに投稿するようなムーブメントが出てくる曲ってなかったぞ、と。そういう意味で、「恋」は恋ダンスが流行ったということからも、ダンスの裏テーマを引き継ぐ曲でもある。歌詞では星野源さんが「恋」という言葉に男女にとらわれない多様性の関係の意味を込めているので、そういう意味でも、裏テーマの伏線を引き受ける存在でありますよね。そして、もう1つは、さくらももこさんで語ってきたクレージーキャッツを引き継ぐのは誰か問題。その裏テーマの伏線も実は星野源さんが回収するのではないかと。

田家:多幸感の象徴として選ばれていましたね。多幸感というのは?

柴:「おどるポンポコリン」のときに植木等さんが「紅白歌合戦」に出てきて、みんなが一緒に踊ってるあの光景が昭和の終わり、平成の始めの多幸感の象徴だったという記述がありまして。それとなぞらえるように、恋ダンスの平成29年の「紅白歌合戦」で星野源さんが歌って、出演者みんなが恋ダンスを踊っていた。この光景もすごく後々振り返ると、あ、このとき幸せだったなって。

田家:ね。この後みんなが集まって踊るなんてとんでもなくなっちゃいましたからね。

柴:集まって踊るって本当に幸せなことだし、楽しいことで。それが笑顔でできていた時代の最後。ちょっと切ない話になっちゃいますが、そういう意味でも平成の終わりの象徴だと思います。

田家:そういう本の最後が冒頭でお聴きいただいたこの曲なんですね。2018年平成30年発売、米津玄師さんの「Lemon」です。

Rolling Stone Japan 編集部

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