米マンション崩落事故、母を失った「奇跡の生存者」と父の再出発【長文ルポ】

母親の叫び「こんなふうに死にたくない!」

「僕たちは、腕組みをしたような状態でした。右腕越しにママの姿が確認できました」と、ジョナさんは振り返る。ジョナさんが公の場で崩落事故について語るのは、本誌の取材が初めてだ。互いの手を取りながら、母親の息遣いを感じた。母親はがれきのさらに奥に閉じこめられ、怪我をして血を流していた。のちにジョナさんは、母親が「こんなふうに死にたくない!」や「息ができない!」と泣き叫んでいたことを父親に語った。

父親が言うには、ジョナさんは「だったら黙っててよ!」と返事をしたそうだ。恐怖を感じながら、反抗期の青年らしい苛立ちを覚えたのかもしれない。


重さ4トン以上のコンクリートの下敷きになったジョナ・ハンドラーさん。母ステイシーさんは、がれきのさらに奥で身動きができない状態に。「僕たちは、腕組みをしたような状態でした。右腕越しにママの姿が確認できました」とジョナさんは語る。(Courtesy of Nicholas Balboa)

ジョナさんは、自由な左腕をがれきの外に突きだし、斜め下を向いた体勢からコンクリートブロックを蹴飛ばした。周りは暗かったが、マットレスや逆さまのオフィスチェア越しに、自分たちが高く積み上げられた家具とがれきの山——高さ12メートルくらい——の上にいることに気づいた。ジョナさんは、誰彼構わず助けを求めて必死に叫んだ。「助けて!  誰か、助けてください!」

午前1時40分頃、マンション近くのビーチ。見知らぬ人の懐中電灯のライトに反射して、ほこりがきらりと光った。ミニチュア・ピンシャーの散歩をしていた、アリゾナ・ダイヤモンドバックスのキャップを被った男がジョナさんの声に気づいた。男は、助けを呼びに行くと叫んだ。「お願い、ひとりにしないでください」とジョナさんは言った。「僕を見捨てないで!」。キャップの男は、がれきの山の上にいた警官に大声で呼びかけた。すると警官は、現場に真っ先に急行したファースト・レスポンダーに向かって懐中電灯を振った。彼らこそ、「スクワッド」の名で知られる、マイアミ・デイド郡消防署のレスキュー隊だ。「ここに子どもがいるぞ!」。午前2時頃、ようやく駆けつけた消防車のサイレンに紛れて、がれきの下でジョナさんはレスキュー隊に「ここから出してください」と助けを求めた。

ジョナさんを救出することは可能だ。だが、がれきの山はひどく不安定だった。レスキュー隊員は、重たいスプレッダーを設置してコンクリートのかたまりをこじ開けようとしたが、流砂の上でタイヤ交換をしているのかと思うほど足元がおぼつかなかった。別の隊員は、サイドテーブルを壊して、てこの原理を使ってジョナさんを救い出そうとした。だが、かろうじてコンクリートを動かすことしかできなかった。コンクリートは、ジョナさんの頭蓋骨のほぼ真上で止まった。隊員たちは、がれきやベッドフレーム、小さな破片をより分けて、ジャッキを固定した。その間、隊員たちは日常会話————マイアミ・マーリンズの4連敗やジョナさんのオフシーズン中のピッチング練習法など——をすることでジョナさんの平常心を保とうとした。がれきの奥から「もうすぐ16歳の誕生日なの」とステイシーさんの声がすると、隊員たちに衝撃が走った。彼らが助けようとしていたのは、まだ15歳の少年だったのだ。

Translated by Shoko Natori

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