米マンション崩落事故、母を失った「奇跡の生存者」と父の再出発【長文ルポ】

弁護士たちの駆け引き

シャンプレイン・タワーズ・サウスのエントランスホールで夜間勤務についていたシャモカ・ファーマンさんは、午前1時15分に大きな音を聞いた。「エレベーターの音かと思いました」と、のちにファーマンさんは警察に語った。「警報器は鳴りませんでした」。実際、警報器は鳴ったのだが、3階に住んでいた子どもを除いて誰も聞いた覚えがないと言う。午前1時16分、ファーマンさんは緊急ダイアル「911」に電話をかけて「爆発が起きた」と言った。さらに1分後、ふたたび通報して「地震です」と訂正した。ファーマンさんは、すぐに動いた。数分間にわたって、入居者リストを見ながら順番に電話をかけたのだ。「だって、全員のドアをノックして回ることはできませんから」とマンションの外で警察に語った。「ですから、電話をかけて『逃げて! はやく逃げてください!』と叫びました。「すると、次の瞬間——」

午前1時22分。雷のような音が響いた。

「ファーマンさんは、どうしていいかわからなかったのです」と、ジュッド・ローゼン氏(46歳)は話す。責任訴訟のベテラン弁護士であるローゼン氏は、ここ数年にわたってハンドラー親子の代理人を務めている。「7分間、ジョナさんは何事かと思いながらベッドの上に座っていました」

人命や損害の値づけは、誰にとっても容易いことではない。それに、崩落事故の犠牲者の正義を求めることがかなり困難になることもわかっていた。2022年の春には、サーフサイドのマンション関係者のほとんど——弁護士、無一文の遺族、元マンションオーナー、警備会社など——が腹を立てていた。それは、3月末に行われた歴史的な損害賠償訴訟の公判で「この件に関しては、誰もが被害者です」と主張した判事の言う通りだった。11階の部屋でホームパーティを開いていたデボラ・ソリアーノさんは、子どもたちと逃げることができた。ソリアーノさんは、「腕時計や宝石、持ち物を返してほしいわけではありません。もとの生活を返してほしいんです」と訴えた。ソリアーノさんは、公判で次のようにも述べている。「私は、名実ともにホームレスです。今後、家を購入できるかどうかもわかりません。いつから犠牲者が犯罪者として扱われるようになってしまったのでしょう? 恐るべき悲劇は、いつ、どこで、こんなことになってしまったのですか?」。別の公判の際には、マンションオーナーたちの代理人を務める弁護士——ステイシーさんの旧友で、ジョナさんの子ども時代のバスケットボールのコーチ——からニールさんは「ジョナさんは元気ですか?」と声をかけられた。悪人たちが安らかに眠って逃げおおせることがあっていいのか? とニールさんは答えた。

かつては世紀の損害賠償訴訟に群がったサウスフロリダの弁護士たちは、ひとりひとりに割り当てられる金額が限られていることを犠牲者遺族に念押ししなければならかった。シャンプレイン・タワーズ・サウスのマンション管理組合から引き出せる金額は、高く見積もっても約1億5000万ドル(約205億円)が限界だと言われていた(土地の販売見込み価格やハリケーンなどによる財産保険に加えて、賠償責任保険による180万ドル[約2億5000万円]などの合計)。判事は和解交渉の場にマンションオーナーを立ち入らせないよう、賃借人や短期滞在者たちをまとめるコーディネーター役にジョナさんの弁護士のローゼン氏を任命した。

ローゼン氏は、大きな賭けに打って出た。マンションオーナーと彼らの相続人たちに現在の賠償金8300万ドル(約113億円)を保証すると同時に、賠償責任保険から自由になるための手助けをすると申し出たのだ。マンション管理組合の弁護士は当時——崩落の原因は依然として不明だったが——マンションオーナー側と和解できることを喜んだ。「賠償責任保険に関する和解により、この恐ろしい悲劇によって傷ついたご遺族が何らかの方法で慰められることを心より願います」とコメントした。ひとり約8万ドル(約1100万円)——その後の集団訴訟の規模がどれだけ変わろうとも、愛する人を失った犠牲者遺族に割り当てられる金額は確保されたのだ。だが、これ以上の金額は望めなかった。

「残り物ですよ」とローゼン氏は話す。3月の時点では、賠償金を釣り上げられる可能性をもつ被告人は、現場一帯の開発会社を除いていなくなった。実際、この開発会社との間には和解が成立したものの、同社は現在も不正行為への関与や事故の責任を否定しつづけている。「何も返ってこないのでは?と誰もが心配していました。でも私は、ここで諦めるわけにはいきませんでした」

ローゼン氏の法律事務所のさらなる調査により、2回目の警報器の存在が明らかになった。2回目の警報器の音を聞いた住民はひとりもいない。ジョナさんも7分の恐怖体験の間、そんな音はまったく聞いていない。それもそのはずだ。この警報器は、そもそも作動しなかったのだから。警報器は、警備員室の隣に設置されていた。「警備員は、ここで必死に911に通報していました」と、ローゼン氏は手にしていたベーグルでひとつの方向を示し、もう片方の手で持っていたナイフで別の方向を示した。「振り向いて、この一斉作動スイッチを押すだけでよかったのです」。全館鳴動の警報は、スピーカーを自動的に起動させる仕組みになっている。これを使えば、マンションの全136戸——および各部屋に——一斉に音声警報を流すことができたのだ」

Translated by Shoko Natori

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