米マンション崩落事故、母を失った「奇跡の生存者」と父の再出発【長文ルポ】

「スイッチの存在を知っていれば……」

3月22日、ローゼン氏は夜間勤務についていた警備員の雇用主の証言を録取した。その会社とは、スウェーデンを拠点とする世界で2番目に大きい警備会社、セキュリタスだ。セキュリタスは、不正行為への関与や崩落の責任を否定し、ファーマンさん(当時は、5カ月間の雇用契約だった)のように現場で働く警備員は、主にマンションの来訪者の監視に専念していると主張した。さらにセキュリタスは、シャンプレイン・タワーズ・サウスの警報器の設置やメンテナンスを行なっているのは同社ではないと言い添えた。そこで、別の原告側弁護士が警報器を設置した会社の証言を録取すると、この会社は宣誓したうえで自社の警報器が発動したのであれば、履歴にリストアップされているはずだと原告側弁護士に証言した。この仲裁プロセスの関係者の話によると、最初の警報器が鳴ったあと——例の子ども以外は誰も聞いていない——マンションが崩落するまで、全館鳴動のスイッチが押された記録は残っていない。本誌の取材に対し、セキュリタスの広報担当からは「弊社がこのマンション事業に携わっていたことは事実ですが、建物の崩落と尊い人命が失われたことの責任が弊社にあることにはなりません。本件に関する法的および損害賠償請求の状況により、弊社が参加せざるを得ない状況になっているのです」という声明が送られてきた。

サウス・ビーチをのぞむローゼン氏のオフィスでは、セキュリタスの保険適用範囲を検討しつつ、春にかけて問題をさらに掘り下げる準備が行われていた。この問題は、過去10年間の不正が原因の死亡事故裁判にも飛び火しかねないとローゼン氏は話す。証拠動画(証拠として認められている)として、口の堅いファーマンさんからも決定的な情報を引き出すことができた。

「申し訳ありません。十分な訓練を受けていなかったのです」と、5月5日に本誌同席のもとで行われた録音インタビューでファーマンさんはローゼン氏に語った。その後、ファーマンさんは涙を流しはじめた。「スイッチの存在を知っていれば、最初のドンという音がした瞬間に押していました。2回目以降の音を待つこともありませんでした……。最初の音のあとに押していれば、住民のみなさんに避難を呼びかけることができたのに。そうすれば、『警報器の音がする! 緊急事態だ!』と誰もがわかってくれたでしょう。すぐにマンションから出て、避難することができたのに」

「もとの生活を返せ」と何カ月も訴えつづけた末、事故の生存者と家具を失ったマンションオーナーたちの問題は、3月にまとまった例の賠償金8300万ドルによってひと段落した。だが、故人が家族に代わって真実を語ることはできない。ニールさんが言うように、「もし〜だったら」と考えることは簡単だ。だが、住民たちがファーマンさんの警告を聞いてすぐに部屋から飛び出し、マンションの外に出てコリンズ・アベニューを横断していたら、98人は死なずに済んだのでは?と立証するのは簡単ではない。デヴェンさんとアンジェラさんが命拾いし、エドガーさんが死亡したことは、問題解決の決定打にはならないのだ。ローゼン氏の法律事務所は、セキュリタスが弁護士や保険担当者をかき集めていることを知った。「私たちは、彼らの尻尾をつかんだのです」とローゼン氏は言う。なぜなら、ローゼン氏にはジョナさんという強力な証拠があったのだから。

母を失い、トラウマを背負った生存者になる直前、ジョナさんは寝室でプーさんのぬいぐるみを抱いてステイシーさんとベッドの上に座っていた。自分を安心させようとする母親の優しい声のあとに雷のような音を聞いたという発言によって、マンション崩落の問題点が浮き彫りになった。ジョナさんの存在——それだけで証拠としては十分だったのだ。「ジョナさんは、あの7分間で多くの人命が救えたことを立証してくれました」とローゼン氏は話す。「ジョナさんは、この事故の重要参考人だったのです」

Translated by Shoko Natori

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE