米マンション崩落事故、母を失った「奇跡の生存者」と父の再出発【長文ルポ】

父親と息子の関係

16歳のジョナさんは、フロリダ州マイアミガーデンズのモンシニョール・エドワード・ペース・ハイ・スクールに通う11年生だ。野球部ではエースピッチャーとして活躍する一方、成績はオールAの優等生。おまけに、ゲーマーとしての腕前もトップレベルだ。ピザが好物で、恋愛に関しては少し奥手だ。思春期のティーンエイジャーらしく、いろんな不安を抱えて生きている。それでも、この世にはPTSD後の秩序というものが存在することを自ら証明しようとしている。生き延びることは簡単だが、生き続けることは必ずしもそうではない。その後、ジョナさんが奇跡を起こすことができた理由は、ここにあるのかもしれない。


ジョナさんと父ニールさん、サーフサイド・ビーチにて(2022年6月撮影)(Photo by Ysa Pérez for Rolling Stone)

ジョナさん曰く、昨年の夏と比べると、痛みはだいぶ減ったそうだ。上部脊椎の12カ所を圧迫骨折していた当時は、仰向けで寝ることもままならなかった。腰には固定用ベルトを巻いていたため、野球もできない。いまは父親と暮らしているが、母親と暮らしていたマンションのベッドの上で経験した恐怖のフラッシュバックに襲われることもなくなった。「いまは、ただ疲れています」とジョナさんは話す。寝室のカーテンは滅多に開けない。ベッドから起き上がるのも苦手だ。2月26日午前10時。フロリダ州の野球シーズンの開幕は早い。だが、その日の朝は思うように体が動かない。痛みが強すぎるのだ。2022年のシーズン初日だというのに、ジョナ選手は寝坊してしまったようだ。

父親が作った鶏肉入りフライドライスの匂いが漂う。あくびをしながらジョナさんは廊下に出た。リビングルームに掛けられた四角いフォトフレームに目が留まる。そこには、ジョナさんをおんぶするステイシーさんが写っている。写真のなかで、ふたりがにっこりと笑う。それを見るたび、ジョナさんは元気が湧いてくる。最近は、楽しかった頃のことを思い出そうとしている。「トラウマに閉ざされたままでいるのは嫌です」と話す。だが、具体的にどうやって前に進んだらいいかわからない。そんな時は、父親が助けてくれる。父親は、ジョナさんにとって大きな支えだ。

キッチンカウンターの後ろに、上半身裸のニール・ハンドラーさんが立っている。フライパンを片手に、ニールさんは息子の世代の読書離れを嘆いた。

「昔は、山ほど本を持っていましたが——」とジョナさんは話す。「もうありません。いまはYouTubeやスマホを見ます」

ニールさんは、熱々のフライドライスを盛ったボウルを息子に手渡し、成績表を見てこれ見よがしに不満をぶつける。「おい、Bがふたつもあるじゃないか。これをAにしないと、パパもお前も大変なことになるぞ」

「Bはひとつだけだよ」とジョナさんが反論する。「マヌケな先生が、修正するのを忘れたんだ」

「ふん、別の生徒がお前のAを拾ったんだろう」

ニールさんが“あの出来事”と呼ぶマンション崩落事故以来、父親は息子に意図的に厳しく接してきた。ジョナさんの部屋に掛けられたホワイトボードのカレンダーには、1時間ごとのスケジュールがぎっしりと書き込まれている。授業前の体幹トレーニングの次に野球の練習。その後、1時間かけて郊外に移動し、バッティングのプライベートコーチと特訓。それから街に戻り、いくつものセラピーを受けるのだ(レゴのようなロボットの精密な構造に夢中になって以来、ジョナさんは構造工学にすっかりハマっている)。「月曜の午後2時30分から午後3時30分までACT(訳注:アメリカの高校生が受ける大学進学のための標準テスト)の準備がはじまるぞ。グループ学習だ」と、たばこの煙越しにニールさんが念を押す。

Translated by Shoko Natori

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