米マンション崩落事故、母を失った「奇跡の生存者」と父の再出発【長文ルポ】

「僕は、普通のティーンエイジャーなんです」

本誌が入手した通報記録などによると、午前2時19分から午前2時24分の間に、情報が錯綜するレスキュー隊の無線に朗報が舞いこんだ。負傷者の救出準備が整ったのだ。ようやく救助活動がはじまった。

その頃には、ジョナさんの右腕も自由になっていた。それでも、できるだけ長い間、母親の手を強く握っていた。「『大丈夫だよ』や『かならず助けてもらえるよ』と一生懸命励ましていました」とレスキュー隊のリーダーは振り返る。「ステイシーさんが息子さんを落ち着かせようと声をかけていたのではありません。実際は、その逆でした」。リーダーの男は、ジョナさんの両脇に手を入れて、がれきの下から引っぱり出した。そして、がれきの山を登ってきた体格の良いクレーン車の操縦士にジョナさんを託した。「靴を履いていないのか」と操縦士は言った。「下ろしても大丈夫かい?」。ジョナさんは、操縦士の肩にぐったりと倒れこんだ。操縦士に支えられて立ち上がると、ジョナさんは大声で叫んだ。「ママ、またあとでね! 愛してるよ!」。操縦士はジョナさんをストレッチャーに乗せた。「えらいぞ。よくがんばった。君は生きてる」


レスキュー隊は、約1時間以上がれきの下敷きになっていたジョナさんを救出した。救出の瞬間は、世界中のニュース番組で報道された。(Reliable News Media)

ジョナさんの青い瞳が消防車のライトを反射して光った。隊員は、「よくやった」と言わんばかりに、ジョナさんの拳に自分の拳を突き合わせた。がれきの山に囲まれて、ほんの一瞬、レスキュー隊員たちはジョナさんが笑顔を見せたと思った。だが、ステイシーさんは依然とし身動きができない状態だった。ステイシーさんを覆うコンクリートのかたまりの縁は、鉄筋によって古い天井の残骸とつながっていたのだ。動かすことはできない。ステイシーさんは、息子の安否を尋ねた。「息子さんは無事です、安心してください」と隊員が答えた。

ファースト・レスポンダーたちは、ジョナさんを真っ先にがれきの山から下ろした。ジョナさんが一息つけるようにと、ストレッチャーを押しながらプールテラスを一周し、コリンズ・アベニューを横断した。救急救命士から携帯電話を手渡されると、ジョナさんは父親に電話をかけた。「パパ、いまどこ?」

ジョナさんは、ネット上で「ミラクルボーイ」として一躍有名になった。だが、ジョナさんは、レスキュー隊員とフィストバンプを交わした映像を見たことがない。CNNやMSNBC、FOXニュースなどのニュース番組でヒーローとして取り上げられた第一発見者の男にも会ったことはない。事故から1年が経ったいまも、そんなことは望んでいないのだ。

2021年6月に起きたフロリダ州サーフサイドのシャンプレイン・タワーズ・サウスの崩落事故によって、98人の命が失われた。12階建てのマンションの崩落を生き延びたのは、ごく一握りの上層階の住民とネコ1匹だけだった。ステイシーさんと自身に代わって行われた、マンション管理組合相手の高額訴訟の訴状のなかでジョナさんは、「痛みと苦しみ、身体障害、容姿へのダメージ、精神的苦痛、人生を享受するための能力の欠如」などを強いられたと主張している。「これらの喪失は、永続的ないし現在も続いています」と訴状は続く。「ジョナ・ハンドラーは、今後もこれらの喪失に苦しみつづけるでしょう」

ジョナさんは、もともと口数の少ない青年だ。本誌の取材に応じながら、慎重に言葉を選ぶ。「この先もずっと『奇跡の生存者』として生きていきたいかどうかは、わかりません」と話す。「僕は、普通のティーンエイジャーなんです」

Translated by Shoko Natori

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