米マンション崩落事故、母を失った「奇跡の生存者」と父の再出発【長文ルポ】

「ママは助からなかった」

冬の間、ニールさんは毎日ジョナさんの送り迎えをした。それは、ニールさんがNFLのスター選手やインフルエンサーを顧客に抱える高級車ディーラーのセールスマンだからというわけではない。ジョナさんは、大きな音を立てる重機に怯えるようになったのだ。運転免許(訳注:フロリダ州では、15歳から仮免許証の取得が可能)を取ろうともしないし、海辺に停車しているブルドーザーにも近寄らない。ニールさんは、パンデミックの直前に近所のマンションを借りていた。月曜から木曜と各週末に前妻のステイシーさんのマンションからジョナさんが歩いて通えるように。「あそこです」と、縁なしメガネ越しに事故の現場を見やると、カーブしたバルコニーの隅に立ち、2棟先の建物の南方を指差した。ジョナさんとニールさんは、がれきの山が残る現場から約130メートルほど離れた場所でいまも暮らしている。ニールさんのマンションと例のマンションの外観はほとんど同じだ。

8カ月前、ジョナさんからの着信で目を覚ましたニールさんが、コリンズ・アベニューの反対側に駆けつけた時、通りに面したほうのマンションの棟はまだ崩落していなかった。午前3時をまわる頃、ニールさんはジョナさんが搬送される救急車に飛び乗った。そこで、重体患者が別の救急車にいることを知った。ジョナさんは首の後ろに重傷を負っていて、左腕には引っかき傷やあざがあった。派手に盗塁しても、ここまで怪我をすることはないだろう。ジョナさんは、母親は無事かと尋ねた。病院の職員たちは、正式にステイシーさんの身元を確認したわけではない。それでも、ジョナさんは看護師たちの身振りから、状況が思わしくないことを察した。だが、母親が98人の死者の最初のひとりになるなんて、その時はまだ知らなかった。

一服していたニールさんをカウンセラーが呼び止めた。事故の翌日、ステイシーさんの死亡が確認された数分後、ニールさんは自分から息子に訃報を伝えるとカウンセラーに申し出た。

ふたりきりになるため、ニールさんは病室から関係者を退出させた。ジョナさんが横たわるベッドに椅子を寄せて、「ママは助からなかった」と言った。


マンション崩落事故の98人の死亡者のなかで、最初に身元が確認されたのがステイシー・ドーン・ファンさんだった(享年54)。(Courtesy of the Handler family)

ジョナさんは、枕に顔をうずめてしばらくの間声を出して泣いた。そして「すべての出来事には、理由があるんだ」と父に言った。それ以来、ニールさんは息子の涙を見ていない。

58歳のシングルファーザーにとって、普通のティーンエイジャーは未知の存在だ。だが、“あの出来事”のあと、ニールさんは息子が普通のティーンエイジャーではないことを確信した。「(事故後もしばらくの間は)ちょっとしたことにも怯えていました」とニールさんは話す。高層ビルが立ち並ぶおしゃれなブリッケル地区でブランチを楽しんでいる最中に集中豪雨が襲ってきた時でさえ、ジョナさんは事故の恐怖を思い出してしまうのだ。ニールさんは、ESPNの天気予報をこまめにチェックした。「ゲリラ豪雨の音を聞いて、恐怖で身動きがとれなくなっている息子の姿を見るのは、親としてかなりつらいものがあります。まさに、車のヘッドライトを当てられたシカのように、恐怖で固まってしまうのです」。ある夜、独身男性であるニールさんは外出した。ひとりで留守番をしていたジョナさんは、天井からドンという音を聞いた。大慌てで玄関から飛び出すと階段を降り、マンションの警備員室を過ぎ、さらにはヴァレーパーキングのブースの先を行き、車が行き交う大通りを横切ってコリンズ・アベニューの反対側まで逃げた。「パパ!」と電話越しにジョナさんは言った。「帰ってきて! 早く帰ってきてよ!」。天井から聞こえた音は、上の階の住民が家具の模様替えをしていただけだったとニールさんは話す。

Translated by Shoko Natori

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