日本最初のバンドブームとなったGS仕掛け人・本城和治とともに振り返る

田家秀樹と本城和治





田家:19676月発売、 ザ・ジャガーズのデビュー曲「君に会いたい」。私事ではありますが、友達と一緒にスナックや飲み屋で一番たくさん歌ったのがこの曲かもしれない、そんな一曲であります。顔が赤くなってまいりました(笑)。GSで最も知られているイントロの一つがこれでしょう。

本城:ザ・ジャガーズというグループは、もともと宮ユキオも曲を書いていたんですがシングルにできる曲がなくて。それでたまたまニューヨークに当時いた作詞作曲家の清川正一さんがね。

田家:この方誰だろなあってずっと思っていたんですよ。

本城:私も知らなかったんですよ(笑)。当時ニューヨークにジョー宮崎さんというシンコーミュージックの関係者がいて、草野さんがこの曲を彼から預かって、ザ・ジャガーズにあてがって練習させていたらしいんですよ。私もある程度仕上がってから演奏を聴いたんですね。たまたまニューヨークに行った時に、ジョー宮崎さんを訪ねて行ったら、清川さんがちょうどいらして紹介されて。「この人が作詞家の人か!」と。普通の中年の男の人でした。特に音楽家っていうことでもなくて、趣味で作曲しているということでした。

田家:シンコーの管理楽曲だったんですか?

本城:曲を売り込まれて、それで草野さんがザ・ジャガーズの曲がないからっていうことで「この曲を練習しろ」っていうことだったんじゃないですかね。このバンドは作詞家・作曲家がいなかったので、プロに頼らざるを得なかったんですね。

田家:その次に出た曲お聞きください。196710月発売、「ダンシング・ロンリー・ナイト」。

Rolling Stone Japan 編集部

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