松本隆、シーン復帰後から2000年代までの歩みを辿る



2002年3月に発売になった、オリジナル・ラヴのアルバム『ムーンストーン』から「夜行性」をお聴きいただいております。これはシングルにもなっているんですけど、アルバムバージョンの方が歌が届くような気がして、僕はこっちが好きでアルバムバージョンをお聴きいただきました。この曲のテーマは孤独ですね。孤独を擬人化して、人間のように表現している曲です。〈孤独がしゃがみこんでる〉んですよ。黒いマントなんですね。それは〈生き写しだよ 昨日の僕に〉なんです。松本さんの歌にはいろいろな通底して流れているものがありまして、少年性も少女性もありますし、ダンディズムというのもありますね。南佳孝さんがその発端でもあったんでしょうけど、森進一さんの「冬のリヴィエラ」とか、寺尾聰さんの「ルビーの指環」もそんな代表的なヒット曲でしょうけど、そういうハードボイルド的な男の強がりの美学みたいなものがこの歌はよく出ているなと思いました。生きることに少し飽き始めている年齢なんですね。〈僕の蒸発する若さ〉でも、無視して歩き始めるんです。そういう強がり方が、そんなに強がってる感じではなくて、日常的な歌になっている。氷室さんの「魂を抱いてくれ」もそういう男の美学でしょうけど、あれよりもナイーブな詞のように思いましたね。これが2002年ですね。松本さんは60代に入っているわけで、これだけの年を経ないと書けない1曲でもあるんだろうと思います。

で、さっき〈生きることに少し飽きかけているんだ〉という歌詞がありましたけども、松本さんが還暦を過ぎてから取り組んだ、こんなタイトル曲のアルバムがあるんです。『幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)』。これはご存知ないでしょうね。作曲とプロデュースが藤舎貴生さんという方で、純邦楽の横笛の演奏家、作曲家でもあるんです。フジロックにも出たことがあります。藤舎さんが「私は松本隆世代だ」と言っているわけですね。演奏しているのは謡曲とか、長唄とか、浄瑠璃とか、所謂伝統的な純邦楽の演奏家で、そういう曲を歌っている人たちが参加している。朗読がありまして、市川染五郎さんと女優の若林まゆみさん。つまり、松本さんは作詞と台本を書いているということになるわけです。この「幸魂奇魂」。さきは幸せという字、きは奇跡の奇。たまは魂です。このアルバムはなんと日本の成り立ちを綴った古典、古事記を口語化したものだったんです。タイトル曲「幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)」は15分あるんですけど、さすがに15分まるごとお聴きいただく時間的な余裕はないので、後半をお聴きいただこうと思います。

Rolling Stone Japan 編集部

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