成功からの転落 米ロックバンドを崩壊させた「自称投資家」「洗脳」「暴力」【長文ルポ】

「裕福な不動産投資家」の正体

2018年に旅行でフィジーを訪れたときも暴力を振るわれたと女性は主張する。「ものすごい力で首を絞められました」と女性は言う。「上に乗られて、首を絞められました。その間『今夜、誰が死ぬと思う?』と言われました」。法廷で彼女は、必死の思いでハインズから逃げ、別の客室に避難したと語った。その部屋から警察を呼んだ。警察はハインズに逮捕状を出したが、女性はハインズが保釈金を払って自分を殺しに来ることを恐れ、すぐには告訴することができなかった。アメリカに帰国してからも、ハインズにずっと脅され続けたと女性は言う。

2019年に女性が警察に助けを求めると、ハインズはストーカー行為、女性の車に追跡装置を設置した罪、自宅に盗聴器を仕掛けた罪、さらには彼女のサインを偽造して住宅ローン関連の書類に署名した——それによって女性は破産に追い込まれた——などの罪で逮捕された。

2023年初旬——新型コロナの感染拡大によって法的手続きは大幅に遅れた——ハインズと検察官の間で司法取引が成立した。ビデオ通話アプリ越しのインタビュー中にこのことを指摘した瞬間、ハインズの表情がこわばる。「元恋人のことは話したくない」とハインズは言う。「彼女との間にはいろいろあった。思うに、俺たちは前に進み、幸せになりたいだけなんだ。俺がみんなに望むのはそれだけだ」

告訴されている罪についてもそれ以上は語らなかった。「5つの告訴に異議を申し立てるつもりはない」とハインズは続ける。「前に進むには、これがいちばん早い方法なんだ。高額な訴訟に誰も巻き込まずに済む。でも、俺は罪を認めたわけじゃない」。罪の詳細を追求しようとすると、弁護士が私を遮った。

「私は、虐待者から解放されて普通の健全な生活を送ることだけを願ってきました」と被害者の女性は本誌に声明を寄せた。「そのための唯一の手段が『被害者保護命令』を受けることだと思いました。私は、請願書にあるすべてのことが真実であると誓います」。声明はさらに続く。「私は、法廷で証言することを覚悟していました。警察がまとめた書類には、600ページ以上にわたる証拠が記されています。でも残念ながら、3年近い延期を経て、私の同意がないままに司法取引が成立してしまいました」

いまでもテイラーは、「ビル・ハインズ」という名前を聞くと恐怖で震え上がる。だが、2010年に出会ったときは、まさに救世主が目の前に現れたと思った。ハインズは、テイラーにLIVEの活動以外に収入を得る方法を教えただけでなく、テイラーが結成した新バンドGracious Few——キャンドルボックスのボーカルのケヴィン・マーティンとギタリストのショーン・ヘネシー、そしてダールハイマーからなるスーパー・オルタナティブ・ロックバンドのようなもの——にも資金を提供すると言った。裕福な不動産投資家(公文書によると、実際は破産直後だった)になりすましたハインズは、カリフォルニア州サウサリートでのレコーディングセッションの資金も出すと約束した。LIVEの元プロデューサーのジェリー・ハリスンを迎え、バンドメンバーの家族の生活費とツアー費用も出すと請け合った。

このプロジェクトのためにハインズがサインした小切手が1枚残らず不渡りになっていたと知ったのは、機材を携えてサウサリートの地に降り立ってからのことだった。「俺たちは、袋小路に追い詰められてしまった」とテイラーは話す。「嫁さんに電話して『スタジオのデポジットを払うのにいますぐ1万ドルが必要だ。あと、家賃を払うのに1万5000ドル送ってくれ』と言わなければならない気まずさを想像してほしい。嫁さんに『私たち個人の預金から払うの?』と訊き返された」(この件についてハインズはすべてを否定している。「不渡りの小切手なんて1枚もない」とハインズは主張する。「彼らには、全員に金を払う責任があった。私は4万3000ドルを彼らに渡しているし、金も返してもらっている」)。

ハインズからの資金が永遠に来ないことがわかると、テイラーはハインズと二度とかかわらないと誓った。その言葉を守っていれば、彼の過去10年の人生はまったく別のものになっていただろう。それから約1年後、グレイシーとハインズから電話がかかってきた。ハインズは、最近離婚したことのストレスを持ち出しながらテイラーに許しを乞い、やり直したいと言ってきたのだ。「心から謝罪しているように聞こえた」とテイラーは言う。それからまもなくして、テイラーは不動産や光ファイバー会社を含む「2、3のプロジェクト」への参加に同意した。

現在テイラーはハインズを天才的なペテン師と呼び、LIVEは投資家から金を巻き上げたり、セレブと交流したり、若い女に近づいたりするためにハインズに利用されたと主張する。それに対し、ハインズは自分が自称ではなく、本当に不動産投資家であったとためらいのない落ち着いた様子で反論する。「私は不動産投資家だ」とハインズは主張する。「私は絶大な信用を寄せられている。望みさえすれば、いますぐベンツのショールームに行って30万ドルの新車だって買える」


ハインズがペンシルベニア州のレディング・アウトレット・センター内を(ハインズの隣から左に)グレイシー、ダールハイマー、テイラーに案内する様子。住居兼ショッピングセンターにリノベーションするつもりで2011年に100万ドルで購入した建物は、後に倒壊した。RYAN MCFADDEN/MEDIANEWS GROUP/”READING EAGLE”/GETTY IMAGES

Translated by Shoko Natori

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