成功からの転落 米ロックバンドを崩壊させた「自称投資家」「洗脳」「暴力」【長文ルポ】

100万ドルの投資案件

しかし、ハインズの主張のいくつかは、実際の記録と明らかに食い違っている。そのひとつが自己破産を宣告したのは一度きりであるという主張だ。公文書によると、ペンシルベニア州ナザレスのウィリアム・T・ハインズなる人物が2004年から2012年の間に5回破産を宣告していることがわかる。これに対し、ハインズは複数のなりすまし詐欺の被害に遭い、破産したのは自分ではないと主張する。「なりすまし詐欺をしていたひとりがウィリアム・T・ハインズという名前だった」とハインズは言う。「誰かに異母兄弟かもしれないと言われたが、私は父親がいる家庭で育っていないから本当のことはわからない」

さらにハインズは、いままで一度もリーエン(抵当・留置権)や判決、取り立てに関する要求が出されたことはないとも主張した。だが、ペンシルベニア州ナザレスのウィリアム・T・ハインズに対し、2002年から2017年の間に合計9万1000ドル、あるいはそれ以上のリーエンが11件確認されている。それでもハインズは「債務不履行に陥ったことなんて一度もない」と息巻く。「返済できなくなったことは、いままで一度もない」

ハインズがテイラーの人生にふたたび登場したのは、テイラーが人生のどん底を経験していたときのことだった。Gracious Fewは、1枚のアルバムを世に送り出してから自然消滅した。2012年には、クリス・シン(NBAチーム「シャーロット・ホーネッツ」のオーナーである億万長者ジョージ・シンの息子)をボーカルに迎え入れ、グレイシーとダールハイマーとともにLIVEを再結成した。だが、ファンの多くはコワルチック不在のLIVEの公演に足を運ぼうとしなかった。気づくとテイラーたちは、エヴァークリアやフィルターなどのBクラスのバンドとともに、1990年代に活躍したバンドの仲間入りを果たしていることに気づいた(加えて、バンド名の使用権について法廷でコワルチックと争うことになった)。

LIVEを再結成したばかりのころは、「固定ファンがいるLIVEというバンドの骨格をもとに、時間をかけて何かユニークなものに変えていこう」と考えていた。と、ジョージ・シンは2022年末の本誌のインタビューで語った。

当然ながら、テイラーはそうは考えない。「そんなのは嘘だ」と反論する。「控えめに言っても、まともに働いたことがない金持ちのぼんぼんには、音楽で食っていかなければいけない俺たちの状況なんてわからない。俺たちは、生きるためにツアーをしないといけないんだ」

まもなくして、メンバーたちは別の収入源を模索しはじめた。テイラーは映画プロデューサーの道を選び、アーネスト・ボーグナインやシビル・シェパードなどを起用した映画『Another Harvest Moon』(2010年)の製作に携わった。2011年には、メンバー全員(コワルチックを除く)がバンドの音楽カタログの著作権を190万ドルで売却した。「いまの市場なら、倍はもらえた」とテイラーは言う。「でも俺はメンバーにこう言ったんだ。『このままだと、俺たちは一文無しになる。こんな稼ぎじゃ、とてもじゃないけど生活できない』って」

テイラー、グレイシー、ダールハイマーの3人が著作権を売却したのと同じころ、ハインズが別の計画を携えてふたたび彼らの前に姿を現した。「ハインズは、俺たちが手に入れた金を狙っていた」とテイラーは言う。「だから戻ってきたんだ」。ハインズが持ってきたとんでもない計画のなかでも、ペンシルベニア州レディングにあるビルに100万ドル投資するという計画はとびきりぶっ飛んでいた。「嘘なんかじゃない」とテイラーは念を押す。「あのビルは、実際に倒壊したんだ」

投資したビルの倒壊という災厄にもめげずに、彼らは残った金と裕福な外部投資家たちから巻き上げた大金をはたいて、例のUFDを立ち上げた。発案者はハインズだった。「最初のころは、『光ファイバー』って何だ? と思った」とテイラーは語る。「『俺たちは不動産のこともロクにわかっていないのに、なんで光ファイバーなんだよ?』と思ったんだ」。ハインズの計画とは、ベライゾンなどの大手電気通信会社が光ファイバーケーブルを設置している州間高速道路95号線沿いの大都市を迂回しながら、ニューヨークとバージニア州アッシュバーンを光ファイバーケーブルで直接結ぶというものだ。「いま思うと自分でも不思議だけど、あのときはいいアイデアのように思えた」とテイラーは振り返る。「誰かに『銃弾を撃っていた連中が(訳注:2ndアルバム『Throwing Copper』のタイトルのもとの意味)、次はケーブルを敷くのか』と皮肉られた」

ハインズがUFDの最高経営責任者(CEO)に就任し、テイラー、グレイシー、ダールハイマーもそれぞれのポストに就いた。だがテイラーは、プロジェクトを実行するためにどれだけの資本が必要なのかも、どのような課題が待ち受けているのかもわかっていなかったと言う。というのも、ケーブルを敷いたり、電線を通したりするには、作業先である自治体の許可が必要なのだ。「ニュージャージー州ひとつだけでも、192回くらい会議をした」とテイラーは話す。「ぜったいにお勧めしない仕事だ」

2019年にハインズが同社の従業員の女性に対する一連の罪で告訴されると、ハインズはCEOを辞任した。翌年の2020年には同社の新任CEOに訴えられ、「一連の不正行為」で告訴された。告訴の内容には、「分不相応な生活を送るための資金」として何百万ドルという金額を会社から盗んでいたことも含まれる。告訴上にはテイラーの名前もあり、「受託者義務違反」と「利権」で告訴された(この件は2022年に示談によって解決した)。2021年にペンシルベニア州警察は、UFDから盗まれたと言われている382万ドル以上の金の捜査を開始したと発表。こちらのほうは現在も未解決で、ハインズは同社における会計上の不正行為への関与を一切否定している。

テイラーたちが光ファイバーのプロジェクトに取り組んでいたときも、シンはLIVEのボーカリストとして活動していた。それでもシンは、25万ドルの投資を除いて(後に返済された)、このプロジェクトには直接的にかかわっていない。「彼らはいくつもの事業を興したけど、どれも実際は自転車操業だった」とシンは語る。「誰かから金をもらって、それで誰かに返済するということを繰り返していた。それができたのも、彼らがLIVEのメンバーだからだ。だから人々は彼らを信用した。彼らは、いつもその知名度を利用していたんだ」

シンは、ハインズとテイラーの両方が会計上の不正行為にかかわっていたと考える。「LIVEのことに関しては、テイラーが知らないことは何もなかった」とシンは言う。「俺が知る限り、数字のことも含めて、バンドを仕切っていたのはテイラーだった。そんな彼があの会社で何が起きていたか知らないなんて、俺はぜったいに信じない。俺的には、ビル・ハインズもクロだ。テイラーよりハインズのほうが悪いと思っている。ハインズは刑務所に入るべき人間だ」

Translated by Shoko Natori

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