陪審員を惑わすイケメン極悪人、映画のような脱獄〜逃走の一部始終 米【長文ルポ】

ナイエリの弁護士は反対尋問で、コートニーさんが未成年時代にナイエリを「そそのかして」性的関係を持ち、両親の金を盗み、警察にも嘘をつき、ナイエリの妹もだましたうそつきの常習犯だと決めつけた――彼女の唯一の関心は、元夫について嘘をでっちあげて自分の身を守ることだとほのめかした。

この点に関して検察は心配していなかった。カイル・ハンドリーの裁判はすでに勝訴間違いなしだった。彼は証言台に立って自らの言い分を主張せず、陪審は即座に有罪評決を下した。「我々は高をくくっていました」とピーターズ氏も振り返る。「ホセインの裁判はもっと楽勝だろうと思っていたんです」

すると、ナイエリが証言台に立った。「彼は理屈をこねまわし、あれこれまくしたてて嘘を並べました」とピーターズ氏。「それで陪審も少々揺らぎました――陪審の頭の中に入り込んだんです。陪審は事実以外のことにも目を奪われてしまいました」

ナイエリは鮮やかな反論を展開した。自分はマリファナ栽培の「大物連中」の仲間入りをし、190万ドルの利益をあげていたと主張した(金はコートニーさんの両親の家に隠したと証言した。「弟の寝室の中だ。すべて100ドル札で、5万ドルずつ真空パックされている」――だがどうしたことか、後日跡形もなくなっていたそうだ)。コートニーさんが司法試験に受かるまで、事業を大きくして金を貯めるのが夢だったとナイエリは語った。「いつかは足を洗うつもりでした」とナイエリは言った。「皆さんの言葉を借りれば、当たり前の生活に戻って、家族を作るつもりだったんです」

マイケルさんの監視カメラについては? あれはカイルの頼みだった、と言って、ナイエリはカイルを麻薬王と表現した。ナイエリの言い分によれば、マイケルさんはカイルに30万ドルの借金を抱えていた。「奴は彼から金をだまし取っていたんです」と、裁判でナイエリはまくしたてた。ナイエリいわく、クズ野郎を監視する代償としてカイルから週1000ドル、最終的には3万2000ドルの報酬をもらったそうだ。監視装置の目的は? 「もし奴が姿をくらましても、少なくとも居所がわかるようにです」とナイエリは言った。

ナイエリの証言は波乱万丈な半生にも及んだ。友人の死、コートニーさんとの上手くいかない結婚生活。「彼は一世一代の演技をぶちかましました」と振り返るのは、当時61歳で陪審員長を務めたベス・バーベッジさんだ。「すべてを否認し――涙すら流しました」。バーベッジさんの隣に座っていた若い陪審員はそれを鵜呑みにした。「彼女はナイエリが証言台で涙を流すと、もらい泣きしました。完全に信じ込んでいました」

マーフィー氏は赤い旗を翻す闘牛士の心情で反対尋問に備えていた。証言台には「エゴイスティックなサイコパスが待ち構えていました」と彼は振り返る。「彼が冷静を保ち続けたら危険です」 だがナイエリは怒りを隠そうともしなかった。マーフィー氏が罪を認めさせようと誘導すると、ナイエリがキレた。「その後どうなるかなんて、これっぽっちも分からなかったんだよ!」

気持ちが落ち着くと、ナイエリは自分に非があることを認めた。マーフィー氏はナイエリに、マイケルさんのGPS信号が砂漠から発信されいてる様子を見て現金を夢想したというコートニーさんの話を認めさせた。「言ったとも――冗談半分でね――あの野郎、『クリスマス・キャロル』のじじいに違いないって」とナイエリは言った。「たしか『クリスマス・キャロル』のじじいも金を埋めたよな」

マーフィー氏がとどめを刺した時、ナイエリは顔を真っ赤にした。「最後にもうひとつだけ伺います」と検事は言った。「あなたがマイケル・Sさんと砂漠に行って彼のペニスを切断した時、そこに残しておくことはできなかったんですか? 接合できたかもしれないのに?」

「質問は終わりか?」とナイエリ。

「お答えいただけますか?」

「答えを教えてやるよ」とナイエリはマーフィー氏をにらんだ。「個人的にな」

マーフィー氏は最終弁論で、ナイエリが証言台で感情を爆発させた点を指摘した。「彼は法廷にいながら、あのようなふるまいをしています」とマーフィー氏。「彼はどんな行動をとるのか……たとえば、ワゴン車で自分のほしいものが手に入らなかったら?」

ナイエリは恥知らずの嘘つきだと検事は力説した。「190万ドルもですよ?」 マーフィー氏はナイエリが真空パックしたという財について語った。「ずいぶん途方もない額ですね……さながら、枯れることのない金の泉です。それなのに、彼はカイル・ハンドリーのために監視をしていたんですよ?」


被害者の隣人は、誘拐の数時間前に3人の侵入者のようすを伺っていた。それが糸口となって、刑事はカイル・ハードリーのダッヂ・ラムからナイエリのDNAが付着したニトリルゴム手袋を発見

さらにマーフィー氏は、脱獄こそがナイエリの傍若無人さと支配力の証拠だと指摘した。マイケルさんに対する策略の「黒幕は誰だったのか?」とマーフィー氏は尋ねた。「バカなカイル・ハンドリーでしょうか? まぬけなライアン・ケヴォーキアンでしょうか? それとも、オレンジ郡刑務所から『ショーシャンクの空に』顔負けの脱獄を企てた人間でしょうか?」

3週間以上にわたる証言の末、審理は終了した。ナイエリの運命は8人の女性と4人の男性の手に委ねられた。8月11日、陪審は評議に入った。評議は延々と続いた。1日が2日になり、2日が3日、4日と続いた。

「頭がおかしくなりそうでした」とマーフィー氏は振り返る。「私にとっては最後の裁判でしたし、評議はあまりにも時間がかかりすぎでした」

グレッグ・プリケット判事の執務室には、陪審員からのメモが山積みになっていた。そのうちひとつにはこう書かれている。「陪審員Bは、有罪評決には100%の確証を求める。だが無罪評決には、1%の確証しか必要としていない。以上」

評議室では、11対1に票が割れた。バーベッジさんの隣に座っていた若い女性が、ナイエリの有罪に納得できずにいた。陪審が審理無効を避けられたのは、ひとえに1人の30代女性の飽くなき努力のおかげだ。彼女はホワイトボードの名手で、ロジックマップと証拠をまとめまとめた。「彼女は根気強く要点をおさらいし続けました――何度も何度も、くりかえし」とバーベッジさんは振り返る。「最終的に、無罪だとは言い切れないというところまで説得できました」

8月16日、廷吏が評決を読み上げる間、グレーのスーツを着たナイエリは無表情で、頭を少し揺らしながら座っていた。マイケルさんおよびメアリーさんに対する「身代金、報酬、または恐喝目的での誘拐(重罪)、マイケルさんに対する拷問(重罪)」の合計3件で有罪だった。もうひとつの重罪、重傷害に関しては、ナイエリ個人がマイケルさんの身体に危害を加えた証拠が必要なため、陪審は評決に達しなかった。加重刑罰については、ナイエリが「個人的にマイケル・Sさんの身体に重大な傷害を負わせた」と検察が証明「しきれていない」と陪審は判断した。

2020年10月の量刑判決で、ナイエリは責任を認めなかった。コロナ対策マスクをつけ、真っ赤な半袖の囚人服で現れたナイエリは、レスラー時代を彷彿とさせるかのように上腕二頭筋をさらに鍛えていた。

ナイエリは、マイケルさんとメアリーさんに対して「あなた方の境遇には心から同情します」と言ったきりだった。それから、自分は「ゆがめられた現実」と「不完全な事実」の犠牲者だと言ってこう主張した。「もしジョン・ウェインが生きていたら、オレンジ郡の司法の無法状態に目を丸くしていただろう」

誘拐罪については仮釈放なし終身刑の2回連続執行が言い渡された。加えて拷問罪では、懲役7年以上終身刑が言い渡された。ナイエリは控訴した。弁護士はこの件についてコメントを拒否した。

共犯者にも判決が下された。2018年、カイル・ハンドリーは終身刑4回を言い渡された――そのうち2つは仮釈放なしだった。ハンドリーは有罪判決について控訴したが、棄却された。現在はメキシコとの国境付近にあるセンティネラ州立刑務所で服役している。書簡でインタビューを申し入れたが、返答は得られなかった。

ライアン・ケヴォーキアンは2021年5月に誘拐罪2件、強盗罪、火器による暴行罪で有罪を認めた。警察への協力が考慮され、懲役12年で済んだ。現在はコーコラン刑務所に服役中で、2023年には仮釈放の対象となる。やはり書簡でインタビューを申し入れたが、返答は得られなかった。

Rolling Stone Japan編集部

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