陪審員を惑わすイケメン極悪人、映画のような脱獄〜逃走の一部始終 米【長文ルポ】

一家はオレンジ郡検事局の元花形検察官を被告弁護人として雇い、優秀な弁護団を揃えた。5月上旬には、コートニーさんはニューポート警察局本部の取調室でマイケルさんに対する犯行で共犯として関わった恐ろしい経緯を語っていた。

免責の保証は提示されていなかった。だがコートニーさんにとって、洗いざらい白状することが刑務所行きを逃れる唯一の方法だった。彼女は事の次第を語り、犯行で使われた白いレンタカーの特徴や銃購入とナオミさんの関わりなど、彼女がいなかったら警察も知り得なかった細かい点まで語った。自分がカイルのトラックの駐車メーターに課金していたことも自供した。マイケルさん一家が飼っていた犬を毒殺しようとした話も進んで告白した。のちに陪審にも語ったように、「周りから怪物だと思われることは覚悟の上でした」

当初マーフィー氏はコートニーさんを信用していなかった。検事局は彼女を起訴するつもりでいた。だがマーフィー氏もコートニーさんの弁護士――実は元恩師だった――と協議するうちに、大胆な計画を受け入れるようになった。彼女をおとりにして、ナイエリをイランからおびき出すのだ。

最初の難関は、ナイエリと再びつながることだった。ナイエリの伯父が他界したのをきっかけに、警察はナイエリの妹の付き添いとして葬式に参列するようコートニーさんに言った。「彼女が姿を見せれば奴の耳にも知らせがいくだろうと思ったんです」とブラウン氏。「『あとはただ待つだけです』と彼女に言いました」

6月になると、ナイエリは危険を冒してコートニーさんに電話してきた。その後も連絡は続き、コートニーさんはその度に会話を録音した。計画は実を結んだ。ナイエリが3人目の共犯者の名前を明かしたのだ。ブラウン氏の記憶によれば、会話中にナイエリがコートニーさんにこう漏らした。「『ミスター・ブラウンはお前も知っている奴だよ』『そうなの?』 彼がライアン・ケヴァーキアンについて語ったのはこの時です」

ナイエリの旧友で同じレスリング部員だった筋骨隆々のライアンは、州刑務所の看守をしていたが、受刑囚を孕ませたために解雇されていた――ナオミさんとの結婚生活に終止符が打たれたのもこれが原因だった。裁判でも提示されたように、ナイエリはライアンにも暴力をふるい、2011年には野球バットで殴っている(ナイエリはこの件を否定)。彼はナイエリが信頼を置き、かつ支配できるタイプの人間だった。

録音テープの裏付けを取るために、ジムの客に扮した警官がライアンを24 Hour Fitnessまで尾行した。「警察は彼がバスルームに置き捨てたジムのタオルを押収しました」とブラウン氏。タオルの汗が、カイル宅のごみ袋で発見された結束バンドのDNAと一致した。

それまで分からなかった犯行の輪郭が次第に明らかになっていった。だが正義が果たされるのはまだ先の話だ。警察は、知らせを聞いたナイエリが帰国するだろうとふんでいた。そこで検察官は国内のコンピューターシステムには表示されないよう、極秘で逮捕令状を取った。「彼に情報が漏れないよう、ナオミさん、ライアン、ホセインをいっぺんに捕える必要がありました」とブラウン氏は振り返る。

コートニーさんは通話音声のダウンロードのために、毎週警察署へ出向いた。ピーターズ氏もこまめに連絡した。「彼女には計画に集中してもらいたかったんです」と彼は振り返る。「あの男にまた言いくるめられないように」

国家間の身柄引渡しは法的に厄介だ。相手国がアメリカと協定を結び、かつ対象となる犯罪が逮捕や送還の基準をクリアしていると承認されなければならない。コートニーさんは弁護士を通じて、ナイエリを捕えられそうな国のリストを受け取った。次はコートニーさんが旅行の計画を立てる番だ。

コートニーさんは何気なく、「ねえ、私が法学部を卒業したらスペインに行きましょうよ」とナイエリの妹ネガールに提案した。ネガールはバルセロナ旅行に裏の計画があるとは知らなかった。「彼は妹を信用していました」とブラウン氏は言う。「当然だったでしょう。当局とは無縁でしたから」。2人はそれぞれ法の範囲内で、ナイエリ用に1万ドルの現金を持参した。

ナイエリはコートニーさんに顔写真をメールで送った。彼女は警察からGOサインをもらった上でサンタ・アナの繁華街にあるいかがわしい店舗を訪れ、偽の永住許可証を手に入れた。気づかれずにスペインに渡るにはビザが必要で、ビザ取得には永住権が必要だとナイエリは言った。

コートニーさんにとっては、ナイエリとの会話は常に危機一髪だった。計画が突然すべて暴露されそうな気がした。この時点で彼女は別の男性と交際していたが、夫の機嫌を伺う妻の役を演じなければならなかった。9月末、彼女はナイエリにカードを贈った。「心から愛しているわ。あなたの貴重な顔を見られるのが待ち遠しい。あと30日足らずね」。そしてハートマークを添えて「Ms. C」と署名した。

計画では、ナイエリがプラハ経由で乗り継ぎ、スペインでコートニーさんと落ち合うことになっていた。チェコ共和国は逃亡犯逮捕にはうってつけだった。現地にはFBIの支局もあった。計画が結実に向かう中、「気が気ではありませんでした」とピーターズ氏は振り返る。「もし我々の知らないところで別の話が進んでいたら? もし彼女も逃亡したら? 大失態です」


プラハからアメリカへ送還された後、ニューポート警察から拘束されるナイエリ

だがその時、突然するすると檻の扉が閉まった。ナイエリのビザが通り、彼は飛行機に搭乗した。プラハで機体から降りて――そこでFBIから取り押さえられた。南カリフォルニアに逮捕のニュースが届いた時のことを、マーフィー氏はこう振り返る。「ハイタッチとハグの嵐でした。まさか本当にうまくいくなんて」

チェコでの拘束中、ナイエリは知らぬ存ぜぬを決め込んだ。国境警察はメアリーさんとマイケルさんを知っているかと尋ねた。「いいえ。知っているわけがないでしょう?」とナイエリはうそぶいた。「僕の知り合いですか?」

ナイエリがじめじめしたナチス時代のプラハの刑務所に収監されると、警察はナオミさんとライアンについて尋ねた。警察は2人に減刑をもちかけて寝返らせていた。警察はカイルにも同じ取引を持ちかけたが、カイルは警察への協力を拒んだ。

新たな証拠とともに、検察感の推測もいささか凄惨の度合いを増した。「中核はホセインです。彼を中心に網の目が張り巡らされていました」とピーターズ氏は言う。「ライアンとナオミさんは別居していました。2人とも相手の関与を知りませんでした。コートニーさんも、ナオミさんがホセインと浮気しているなど露ほども思っていませんでした」

ナイエリを恐れるナオミさんの心情はコートニーさんと似ていた。「ナイエリに言われてナオミさんがワゴン車を調達した日」と、ブラウン氏は回想する。「彼には“症状”が現れていました。それが彼女の表現です。そうした“症状”が現れると、彼は手が付けられない状態で、なだめるために彼女は何でもしました」

「彼は大勢の女性に汚れ仕事をさせていました」とブラウン氏は続けた。「女性たちが『言うことを聞かなかったら殺されるかもしれない』と恐れるほどに、彼はイカれています」

カイルが計画にどっぷり関与していることは警察も承知していたが、彼は「ボンクラ」だったとブラウン氏は断言する。ケヴォーキアンは力仕事のために後から駆り出された。裁判でナイエリは、マイケルさんを監視していただけで、あの夜砂漠にはいなかったと主張した。検察官はまるで違う仮説を組み立てていた。

Rolling Stone Japan編集部

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