陪審員を惑わすイケメン極悪人、映画のような脱獄〜逃走の一部始終 米【長文ルポ】

ナイエリの袖の内に入った人はみな、彼には抗いがたい魅力があると口にした。だが彼は暴力的になることもあった。「優しくて、魅力的で、人を操って言いくるめるところがありました」とコートニーさんは彼の人柄についてこう証言した。「それから怒りっぽくて、クレイジーで、癇癪を起こし、恐ろしくなるところもありました。一瞬でゼロから1000℃にボルテージが上がるんです」。彼女はさらにこう続けた。「もちろん、私は彼にメロメロでした」

コートニーさんは長年両親の金をくすね、マリファナ事業に進出しては失敗するナイエリを支えていた。両親は事情をさっぱり知らなかった。コートニーさんが2010年にナイエリと結婚していたことも知らなかった。

次第に暴力的になっていった結婚生活について、彼女はひとつひとつ説明した。コートニーさんが裁判所に申し立てた保護申請によれば、2011年初頭ナイエリは服用していた抗うつ剤が切れたため、アルコールとアデロールを乱用し始め、「1度に数週間も」寝ずに起きていることがあったという。コートニーさんはナイエリから椅子に叩きつけられ、首と胸を足で押さえつけられた状態で顔を平手打ちされた時のことを語った。コートニーさんが車から逃げ出そうとすると、ナイエリは彼女の首を絞めて腿を殴った。ナイエリはカッターで殺してやるとコートニーさんを脅し、留置所にぶちこまれた。


ナイエリから受けた虐待で「妄想を抱くようになった」という元妻のコートニー・シェゲリアンさん

コートニーさんは裁判資料の中で、ナイエリを自滅的で脅威的だと表現している。「彼がいなくなっても……必ず戻って来て、痛めつけられるか殺されるかもしれません」。2011年2月、ナイエリはリハビリ施設「オアシス」に入院した。最終的に夫婦はよりを戻した。やり直しのチャンスは何度も与えられた。1度は司法取引で刑事暴行罪を認める代わりに、裁判所命令で家庭内暴力の講習を受けた。

今年カリフォルニア法曹協会裁判所に提出された書類――ナイエリと一緒に「犯罪を重ねていた」とするカリフォルニア州の非難に対する反論状――で、コートニーさんは夫から60回以上殴られたと主張し、PTSDと被虐待症候群の診断を受けたと述べた。夫の命令に従ったのは「自由意思」からではなく、ナイエリの「10年にわたる計画的で暴力的なマインドコントロールと……虐待」が原因だと、彼女の弁護士は主張した。

コートニーさんは「おそらく御誌の記事には何のお力にもなれません」と繰り返し、ローリングストーン誌のインタビューを断った。

マイケルさんが銀行に預けていない現金を貯め込んでいると思い込んだナイエリは、マイケルさんの交友関係、家族関係、1日の動きなどすべてを知りたがり、コートニーさんには法学部のアカウントを使ってリーガルデータベースでマイケルさんの経歴を調べさせた。

2月になるころには、夫妻のタウンハウスに奇妙な小包が届き始めた――GPS追跡装置と、車載用のマグネット式スリーブだ。

始めのうち、ナイエリはマイケルさんがハンティントンビーチの両親の家に現金を隠しているのではないかと疑い、両親宅にカメラを設置した。だがひとつ問題があった。両親が飼っていたベイリーという名の犬――ラブラドールとピットドルの雑種――がいつもナイエリに吠えかかり、家に侵入する計画が危ぶまれたのだ。彼はコートニーさんに「犬を始末しなきゃならん」と語った。

ナイエリはコートニーさんにハンバーガー用のパテを買いに行かせ、手袋をはめて青い農薬を肉に混入した。それが終わるとフライパンを妻に押し付け、捨てて来いと命じた。「このフライパンはもう使えない。毒がこびりついてるからな」

後日ベイリーは毒入り肉を食べた。だがナイエリも驚いたことに、犬は命を取り留めた。

ナイエリはコートニーさんに金を動かすよう命じた――1度に数百ドルほど出金して、フレスノ高校時代の別の友人、ナオミ・ローダスさんの口座に移させた。夫と別れたばかりのローダスさんは2児の母親で、ナイエリは子どもの名付け親だった。裁判でナオミさんの親友の1人は、ナイエリがコートニーさんに隠れてナオミさんと浮気していたと証言した(ナイエリは性的関係を否定している)。複数の警察情報筋によれば、ナオミさんもナイエリから暴力を受けていた。彼女は偽名でGPS装置を購入していた。ナイエリは何度も彼女にアリバイ工作を頼んだ。

ナイエリは拷問道具を一式そろえた。妻が自衛用に保管していたスタンガンをタウンハウスで見つけた。「これを使おう」と彼はコートニーさんに語った。別の日には拳銃を振り回しながら現れ、コートニーさんは家の外にしまっておくよう念を押した。のちにコートニーさんは、散弾銃を印刷した紙をオフィスで見つけた。裁判でも詳しく語られたように、犯罪で使用された武器はナオミさんが購入した。具体的には9mm口径の自動拳銃グロック19と、12口径の拳銃式グリップの連射式散弾銃だ。

コートニーさんは、ガレージでガスバーナーと戯れるナイエリとカイルを偶然目にした。ナイエリがカイルを焼き払う真似をして高笑いし、カイルは断末魔の叫びをあげていた。他の小道具も揃っていた。スキーマスクと偽の建設作業員用ユニフォームだ。ナイエリは新品のヘルメット砂利にこすりつけた。「これで使い古しに見えるか?」と彼は尋ねた。

9月、ナイエリはコートニーさんを連れ立って、ニューポートにあるマイケルさんの両親宅の外にカメラを設置した。デジタル機器を使った監視は長期戦だった。マイケルさんの車両に就けたGPS追跡装置は頻繁にバッテリーを交換しなければならず、カメラのメモリーカードは毎日取り換える必要があった。だがその反面、コートニーさんも裁判で語ったように、ナイエリは自宅でのんびりラップトップで地図上のデータが動くのを眺めていた。

ある日、ナイエリは興奮状態でコンピューターから目を上げた。GPSデータによると、マイケルさんのトラックがモハーベ砂漠に向かったのだ。「わざわざ迂回して砂漠に出かける理由は何だと思う?」とナイエリは尋ねた。

コートニーさんは分からないと答えた。

「完璧な場所だからさ」とナイエリは言った。「現金を埋めるのにね」

9月26日の夜、カリフォルニア州ハイウェイパトロールも出動する逃走劇により計画は脇道に逸れ――完全に頓挫しかかった。

深夜に差しかかろうという時刻、時速55マイル規制の区間を70マイルで飛ばしていたグレーのシボレー・タホが、ニューポート警察の速度取り締まりに引っかかった。大麻を売りさばいたばかりだったナイエリは車内でハッパを吸っていた。両目は血走っていた。タホからは大麻の匂いがぷんぷんした。車内には現金3万6000ドルと、少なくとも5オンスのマリファナ――それにマイケルさんの監視に使っていた機材の山が積まれていた。しかもナイエリは保護観察処分中だった。裁判でナイエリも認めたように、「最悪の場面」だった。

白バイ警察がライトを点滅させると、ナイエリはアクセルをいっぱいに踏み込んだ。自宅はほんの数ブロック先だったが、集合住宅のゲートで足止めを食らうことが目に見えていたため、ナイエリは高速の出口付近で加速し、警官を後に従えて猛スピードで逃走した。あまりのスピードで、その警官はのちに時速117マイルを超過したとして懲戒処分を食らっている。

ナイエリはニューポートビーチの中心にあるニューポートセンターとファッション・アイランド・モール――当時最先端だったTeslaの販売店のある高級ショッピングモール――を駆け抜けた。反対側まで来るとナイエリは太平洋に向かってハンドルを切り、時速90マイル近いスピードで地元警察署をものすごい勢いで通り過ぎた。

Rolling Stone Japan編集部

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE