陪審員を惑わすイケメン極悪人、映画のような脱獄〜逃走の一部始終 米【長文ルポ】

マイケルさんに借金はなかった。誰とでも寝るタイプでもなかった。誰がここまで自分を憎んでいるのか、まるで見当もつかなかった。だがマイケルさんは闇市場のグレーゾーンでビジネスをしていた(犯罪の内容を鑑みて、今回の記事ではマイケルさんの姓は伏せる。公判中も、彼はマイケルさんまたはS氏と言及されていた)。砂漠で犯行が行われたのは10年前の2012年10月。医療用マリファナが徐々に社会的から認められ始めていたころだった。窃盗や麻薬取締局の捜索を受けるリスクは日常茶飯事だった。マイケルさんのような販売所のオーナーは必要に迫られた患者や筋金入りの常用者を相手にしていたが、同時に犯罪者や強面な連中や悪人とも付き合いがあった。

そうした連中の1人が、とんでもない怪物だった。

これは、そうした怪物が闇に堕ちるまでの物語だ。高校のレスリング部の花形として将来を嘱望された若い移民が、期待を胸に海兵隊に入隊したものの落伍して、大麻で財を成そうとした物語――代わりに、後に残ったのは不幸と破壊だった。

同時に、2度目のチャンスを与え続けられた物語でもある。向こう見ずな性格ゆえに友人を殺し、持ち前の魅力でまんまとお咎めを逃れた男の物語。要するに彼は――ハンサムで、母性愛をくすぐり、人を惹きつけ――誰もが彼に人生をやり直してほしいと望むようなタイプだった。妻を虐待した後でさえも。

男の名前はホセイン・ナイエリ。アダムと呼ばれていた時期もある。オレンジ郡地方検事の言葉を借りれば、「人を操り、サディスティックで、エゴイストで、自己愛が激しく、非常に賢い」男。ナイエリを裁きの場に立たせたもう1人の功労者、検察官のヘザー・ブラウン氏は、かつて彼をハンニバル・レクターに例えた。「彼は洗練されています。ですが社会病室者でもあります――ほとんどの場合、現実に身を置いていません」と、ブラウン氏はローリングストーン誌に語った。「極めて危険な組み合わせです」

ここで語られる犯罪とカオスに彩られたナイエリの人生――家庭内暴力、ハイウェイでの逃走劇、犬の殺害未遂、その他口にするのも憚られるような行為の数々――は、警察の調書や大陪審の捜査、カリフォルニア控訴裁判所の記録、カリフォルニア州法曹裁判所の資料に加え、被害者やナイエリ本人が証言台に立った公開裁判の1800ページ以上にもおよぶ書き起こし原稿をもとに再現した。また共犯者の裁判での発言、検事や元警察官との数時間におよぶ取材も反映している。そのうち何人かは、裁判では提示されなかった証拠の話など、今回自らの意思で初めて口を開いた。

カルト集団のリーダーのような雰囲気を持つナイエリは、オツムの弱い高校時代の仲間と一攫千金を企てた。お粗末な計画は、何の罪もない男性に一生残る傷を残した。男性のために正義を果すために、まず当局は――オレンジ郡警察はもちろん、連邦保安官、FBI、インターポールなど――彼を捕えねばならなかった。その後アメリカ史上5本の指に入る大胆な脱獄劇が起き、当局は再び彼を捕まえなければならなかった。

立ち去るワゴン車のタイヤの音が全く聞こえなくなると、メアリーさんは膝を使って目隠しを外した。セージの茂みとユッカの木が砂漠に点在していた。砂の中で何かが光り、メアリーさんは「尻這いで」その方向に向かった。数分かけて、なんとか足首の拘束を解いた。

メアリーさんはよろめきながらマイケルさんのもとへ向かい、目隠しとさるぐつわを外してやった。「ああ、これだけで十分楽になった」と彼は弱弱しく言って、手首の拘束を外してくれとメアリーさんに頼んだ。だが肌が腫れあがってプラスチックが食い込み、自分も手を縛られていたメアリーさんにはどうしようもなかった。マイケルさんはかなり出血していた。

メアリーさんが遠くに車のライトを発見した。「助けを呼んでくる」と言って、裸足で砂利道をよろよろ歩いていった。

高速14号線の道路脇に幸運の光が差した。メアリーさんが呼び止めたのは、偶然通りかかったケルン郡保安事務所の巡査部長だった。巡査部長は応援部隊と救急隊を要請し、メアリーさんの手首を縛っていた結束バンドと、足首に巻き付いたままになっていたバンドの切れ端を撮影した。メアリーさんが血まみれのステンレス製キッチンナイフを落とした。巡査部長はそれを証拠袋に収めた。


メアリーさんに道路脇で呼び止められた後、ケルン郡保安官事務所の職員が撮影した写真 両手を拘束された状態のメアリーさん

メアリーさんはマイケルさんのところへ戻る道を案内した。2人がいた場所はリーファーシティと呼ばれる廃業した鉱山集落からさほど離れていなかった。マイケルさんは身体の右側を下にして横たわっていた。ズボンとパンツは膝まで下ろされていた。瞼が腫れあがって目が開かず、うなり声をあげていた。

救命士が到着して漂白剤が浸み込んだ服を切り開くと、犯人の靴跡が薬品で肌に焼き付いていた。身体の向きを変えると、股間が「重傷」を負っていた。黒い結束バンドはまだしっかり縛り付けられた状態だった。

犯行現場でマイケルさんに事情聴取した警官は、自分が目にしたものを陪審に詳しく語った。「彼が話している間、救命士が手当てをしていました。細切れになった肉の塊が見えました。見たところ――ハンバーガーの肉のようでした。スーパーで見るひき肉のようなものが、ペニスのあった場所に見えました」と職員は語った。「あんな光景は今まで見たことがありません」

救急車がマイケルさんをアンテロープ・バレー病院へ搬送する間、警察は張り込みを立てて砂漠をしらみつぶしに捜索し、逃走した犯人の行方を追った。仲間と合流するかもしれないと期待しながら。

だが、結局発見できずじまいだった。

マイケル・Sさんに対する犯行計画は巧妙だったが、素人らしさも散見された。「90%は天才的でしたが、10%は愚かでした」と言うのは、検察側の代表として事件を担当した元オレンジ郡検事補のマット・マーフィー氏だ。「神には、その10%に感謝しなくては」

マイケルさんが住んでいたバンガローは、裏の路地からガレージに出入りするようなタイプの長屋住宅だった。2012年10月1日の昼下がり――マイケルさん誘拐の数時間前――路地の向かいに住む隣人のテレサさんは、延長はしごのガチャガチャという音を聞いた。彼女はブラインド越しに、道にいた3人の男をこっそり伺った。1人はヘルメットをかぶっていた。男たちは隣人宅の脇に立てかけたはしごの位置をずっと調整していたが、はしごを登ることはなかった。

翌日、マイケルさん宅の凄惨な犯行現場からニューポート警察が証拠を集める間、近隣を聞き込みで回っていた警官がテレサさんの家のドアをノックした。彼女は目にした2人の男の特徴をはっきり語った。おそらくメキシコ人じゃないかしら。1人は「ハンサム」で、もう一人はずんぐりむっくりだったわ。彼女は歳の頃を30代、ひょっとすると40代初めだったと推定した。

その後テレサさんは1枚の紙を手渡した。3人組が乗っていた白いピックアップ・トラックのナンバープレートの走り書き――CA37063C1――と、「大きなへこみ」と書かれていた。フロントバンパーにあった傷のことだ。警察当局はぐうの音も出なかった。「こんなことはめったにないですよ」とマーフィー氏も言う。

Rolling Stone Japan編集部

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